「大雪山昆虫誌」の発行

2014年8月に北海道自然史研究会より、「大雪山昆虫誌」が発行された。

著者は、長年、大雪山国立公園層雲峡博物館館長を務められた保田信紀(やすだ・のぶき)氏である。

保田氏からは、ずいぶん前に、ジョウカイボン類の同定を依頼されたことが有り、9月末には「大雪山昆虫誌」をお送りいただいた。改めて氏にお礼申し上げたい。

そのおり、是非、このホームページ上で紹介したいと考えていたのだが、2014年度後半期中、思いがけなく慌ただしい日々が続き、とうとう紹介する機会が無かった。

改めてウェブ上で本誌のことを検索してみたが、あまり、紹介されていないようなので、遅まきながら紹介しておきたい。

裏表紙
                              裏表紙

ご親切に大冊をお送りいただいた保田信紀氏と、資料等をお知らせいただいた北海道自然史研究会の渡辺修氏にお礼申し上げる。

本誌の販売は、札幌・南陽堂書店に委託されているようで、南陽堂書店のホームページには、以下のように掲載されている。

名 大雪山昆虫誌
著者 保田 信紀
発行 北海道自然史研究会

体裁 A4・512頁+口絵12葉+付属CD-ROMに本体PDF、文献データベースなど収録
発行年 2014年8月 8月18日入荷しました
価格 6,000円+税(送料別)

備考 層雲峡博物館(現ビジターセンター)の館長で、北海道自然史研究会の会長も長く務めてきた保田信紀氏の50年に渡る大雪山の昆虫研究の集大成。

目次

 

                               目次

大雪山国立公園80周年を期に、この地域の2000件以上の文献を整理し、約6500種の昆虫の情報について記録している。

口絵1
                                口絵1

巻頭には主要な昆虫のカラー写真、本地域の昆虫研究の小史、昆虫相の特徴についての解説がある。

口絵2

 

                              口絵2

メインである昆虫総目録では、大雪山とその周辺で確認されている全ての昆虫について、掲載文献と確認地点を掲載している。

データ数は7万5千件以上と膨大であるが、付属CDROMにデータベースを収録しているため、検索や集計は容易にできる

注文は以下に連絡されたい。

札幌・南陽堂書店
〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目1
電話011-716-7537 FAX011-716-5562
E-MAIL nanyodo@rio.odn.ne.jp。

大雪山というのは、九州の虫屋にとっては、ちょっと外国のような、憧れはあっても、なかなかそこまで出かけて自身が採集するという想像がつきにくい場所である。

当然、天然記念物であるウスバキチョウ、カラフトルリシジミ、アサヒヒョウモンなどがいるような場所で、ネットが触れるはずもなく、そうでなくても、北海道の屋根、標高2000m以上の山塊での採集など、体力的にも想像しがたい。

それでも、大雪山エリア全図として付属されている地図を眺めてみると、その南東部の山麓に、然別湖と、三股、幌加、糠平などの地名などを見つけ、はるか、40数年前に、カミキリ採集に出かけたことを思い出す。

大雪山エリア全図

 

                            大雪山エリア全図

大雪山は、日本の昆虫研究者・同好者にとって、北方系昆虫観察のメッカのような場所であろう。
著者の保田信紀氏は、50年に渡って大雪山の登山口となる層雲峡博物館にあって、昆虫研究を続けられた方として、全国に知られている。

宣伝文句にあるように、この本には、氏自身の観察記録を始め、大雪山に関する集積可能な標本データ、文献データなどの全てがまとめられている。

それも、本として手にとって眺められるだけでなく、本の内容にとどまらず、全ての種データ、採集記録データ、文献等(層雲峡博物館の紀要等)まで、すべてのデータが電子化され、pdfやデータベースソフト、表計算ソフトの形で、付録のCDに収録されている。

従来の地域リストには、こうした電子化されたデータは付いていなかったので、読者が必要であれば改めて入力する必要があった。この点は非常に画期的で有り、さまざまな用途に活用できる可能性が大きい。

大雪山山塊より記録のある30目415科6531種について記録されている。

目別種数

 

                              目別種数

この中で、せっかくなので、電子化されたデータを用いて筆者に解る甲虫について詳細を述べてみたい。

大雪山昆虫誌に掲載されている甲虫は101科2027種である。
(上記、保田の集計とは、その後、科の範囲や取り扱いが変わっているので、科の数が違っている。)

科ごとの種数を上げてみると、

セスジムシ科 1
カワラゴミムシ科 1
ハンミョウ科 5
オサムシ科 249
ホソクビゴミムシ科 1
コガシラミズムシ科 2
コツブゲンゴロウ科 1
ゲンゴロウ科 35
ミズスマシ科 5
マルドロムシ科 2
セスジガムシ科 2
ダルマガムシ科 2
ガムシ科 22
エンマムシダマシ科 1
エンマムシモドキ科 1
エンマムシ科 23
ムクゲキノコムシ科 1
タマキノコムシ科 27
シデムシ科 18
ツヤシデム科 1
ハネカクシ科 275
タマキノコムシモドキ科 1
マルハナノミダマシ科 1
マルハナノミ科 16
クワガタムシ科 8
コブスジコガネ科 4
センチコガネ科 2
コガネムシ科 70
マルトゲムシ科 9
ナガハナノミ科 2
ヒメドロムシ科 1
チビドロムシ科 1
ナガドロムシ科 1
タマムシ科 35
コメツキムシ科 103
ヒゲブトコメツキ科 2
コメツキダマシ科 15
ベニボタル科 22
ホタル科 4
ジョウカイボン科 35
マキムシモドキ科 2
ヒメトゲムシ科 1
カツオブシムシ科 9
ナガシンクイムシ科 1
シバンムシ科 9
ヒョウホンムシ科 2
コクヌスト科 6
カッコウムシ科 5
ジョウカイモドキ科 6
ツツシンクイ科 2
ヒゲボソケシキスイ科 4
ケシキスイ科 56
ネスイムシ科 7
ヒメハナムシ科 3
ヒメキノコムシ科 1
ヒラタムシ科 2
チビヒラタムシ科 5
ホソヒラタムシ科 9
キスイムシ科 16
オオキスイムシ科 2
キスイモドキ科 3
コメツキモドキ科 5
オオキノコムシ科 22
カクホソカタムシ科 2
ミジンムシ科 4
テントウダマシ科 11
マルテントウダマシ科 2
テントウムシ科 42
ヒメマキシム科 9
コブゴミムシダマシ科 3
コキノコムシ科 12
ツツキノコムシ科 22
キノコムシダマシ科 4
ナガクチキムシ科 39
ハナノミ科 14
オオハナノミ科 1
カミキリモドキ科 18
アカハネムシ科 6
アリモドキ科 9
ニセクビボソムシ科 2
ツチハンミョウ科 4
ハナノミダマシ科 4
チビキカワムシ科 8
ゴミムシダマシ科 40
デバヒラタムシ科 2
ヒラタナガクチキムシ科 1
クビナガムシ科 1
ツヤキカワムシ科 1
キカワムシ科 2
カミキリムシ科 178
マメゾウムシ科 3
ハムシ科 149
ヒゲナガゾウムシ科 15
オトシブミ科 7
チョッキリゾウムシ科 17
ホソクチゾウムシ科 7
チビゾウムシ科 3
イネゾウムシ科 9
ゾウムシ科 138
オサゾウムシ科 4
キクイムシ科 49

科の横の数字は種数である。

掲載されている種には、大雪山の固有種、北海道の固有種を始めとして、北方系の重要な種が含まれている。

筆者は長崎県島原市の出身で、20年ほど、島原半島をファウナ調査のベースとしていた。
島原半島はほぼ、日本列島の西南端に位置し、ほぼ直径30kmの円内に収まる。標高は平成新山の山頂が1400mちょっとである。海岸〜山頂までを含むこの地域で、現在までに、100科2007種が記録されている。調査精度は6割5部程度と考えており、究極的には3000種前後の甲虫が生息すると推定している。また、九州全体ではすでに5600種を超える記録がある。

一方、上記に述べたように、大雪山昆虫誌に掲載されている甲虫は101科2027種であり、ほとんど島原半島の科数、種数共に等しい。ちなみに大雪山エリアとされている地図の東西はほぼ80km、南北は約100kmで、エリア面積は島原半島の数倍以上になる。

大雪山と島原半島の面積比

 

                          大雪山と島原半島の面積比

大雪山における甲虫類の文献記録は714編掲載されており、多分、大雪山においての解明度は島原半島以上であろうと考えられる。一方で、北海道全体でも記録されている甲虫は2803種という記述があることを考えると、大雪山のファウナの多様性は、種数だけから考えると、島原半島よりも低いと想像される。

日本列島では、北へ行くほど、一定範囲の地域に生息する昆虫の種数は少なくなるので、当然とも言えるが、それにしても、日本でトップとも言える原生状態の豊かな自然を抱える山塊にその程度の種しか生息していないことは意外な感じがする。

両地域の甲虫の科の出現状況を比較してみると、両地域で出現した科の総計は114科で、大雪山で見られた北方系の、カワラゴミムシ科 、マルドロムシ科、セスジガムシ科、エンマムシダマシ科、エンマムシモドキ科、マキムシモドキ科、ヒメトゲムシ科、ツツシンクイ科、マルテントウダマシ科、デバヒラタムシ科、ヒラタナガクチキムシ科、クビナガムシ科、ツヤキカワムシ科、キカワムシ科の14科は島原半島では出現していない。

一方、島原半島で出ている南方系のナガヒラタムシ科、ヒゲブトオサムシ科、ムネアカセンチコガネ科、アカマダラセンチコガネ科、ヒラタドロムシ科、ホソクシヒゲムシ科、ホタルモドキ科、ムクゲキスイムシ科、ミジンキスイムシ科、ミジンムシダマシ科、ムキヒゲホソカタムシ科、ミツギリゾウムシ科、ナガキクイムシ科の13科は大雪山では記録されていない。

大雪山の植生は下から、針葉樹・広葉樹混交林帯〜針葉樹林帯〜移行帯〜ダケカンバ帯〜ハイマツ帯とされている。

島原半島は海岸〜照葉樹林〜クリ帯〜モミ帯〜ブナ帯下部と考えられるので、この2地域に共通する植生帯はない。

さらに、両地域は直線でほぼ2000km離れている。

ということで、この2地域に同じように生息している種(共通種)は、「いても精々50種程度か?」と思っていた。
しかし、実際に集計してみたところ、73科623種もいて、これは大雪山産の30.7%にもあたる。
これは驚くべき比率である。平均気温や標高、植生帯に関係なく、日本列島内では南から北まで、かなり普遍的に同じような種が生息しているものらしい。

共通種が多い科は上位から、オサムシ科90種36.1%、ハムシ科61種40.9%、ハネカクシ科59種21.5%、カミキリムシ科44種24.7%、コガネムシ科42種60.0%、ゾウムシ科32種23.2%、ケシキスイ科27種48.2%、コメツキムシ科26種25.2%、テントウムシ科23種54.8%、ゴミムシダマシ科16種40.0%、ガムシ科14種63.6%、ナガクチキムシ科9種23.1%、ゲンゴロウ科8種22.9%、オオキノコムシ科8種36.4%、ヒゲナガゾウムシ科8種53.3%と続く。パーセンテージは大雪山産に対しての比率である。

概略、北方系の広域分布種である歩行虫、食葉性の農業害虫や農業・酪農などに依存する種、食菌性の虫などが含まれるようで、農業に関係する種は南方系の広域分布種で結構、寒さに強い種のようである。

以上、手軽に集計できる付属の電子データから、ちょっとした考察を試みてみた。
本来の、大雪山の固有種や、特徴的な種、全体的なファウナについては、本書を参照いただきたい。

多大のデータ整理・入力を担当された北海道自然史研究会の諸氏にも敬意を表したい。