43年ぶりに長崎・野母崎のサタサビカミキリ Neosybra mizoguchii (Hayashi)が再発見されましたので、その顛末をお知らせします。
(野母崎のサタサビカミキリ♂)
(野母崎のサタサビカミキリ♀)
野母崎権現山のサタサビカミキリは、1971年7月4日、長崎昆の野田さんによって1♂のみが採集されています。その標本は、当時カミキリ大図鑑を執筆中の高桑さんに届けられ、佐多岬産と一緒に図版中に掲載されています。なお、この当時は、Palausybra属の種として扱われていましたが、その後、本属に移されています。
高桑さんは、その中で、「図示した長崎県産は佐多岬産と体型など異なって次種(ハネナシチビカミキリ)に近い面があるが、・・・(後略)」と書かれています。長崎県産は1個体だけのことであるので、強いてコメントを控えられたのかもしれません。
さて、久留米昆会長の岩橋さんから、「この野母崎のサタサビカミキリが再発見されたらしい」と伺ったのは今年の冬のことです。
ちょうど、長崎昆の総会が2月中旬にあるというので、出席かたがた、探索に出かけることにしました。
岩橋さんに改めて話を伺うと、採集されたのはあの入江さんで、6月末に3個体を採集されてるとの話。
「入江さん」の名前を畏敬と共に懐かしくお聞きしました。
私など、1970年代初頭の「カミキリニュース」世代にとっては、入江さんは神とも称された方です。
琉球各地で、多くの新種を始めとする珍種カミキリを総なめにされ、その功績を賞賛されて、カミキリの和名や学名に献名されたものとして、
イリエシラホシサビカミキリ Mycerinopsis apomecynoides Hayashi
オキナワクビジロカミキリ Xylariopsis iriei Hayashi
ニセコゲチャサビカミキリ Mimectatina iriei Hayashi
などがあり、
アマミモンキカミキリ沖縄亜種 Glenea iriei heikichii Makihara
など、亜種名も含めてフルネームで入っています。
もともと、植物がご専門だったとかで、琉球の植物にはめっぽう強く、当時の新米カミキリ屋の私などとは大違いで、ほとんど、ホストや集まる花の樹種などをちゃんと確認しつつ、採集されていたようです。
私は石垣島のオモト岳の山麓で、マツダクスベニカミキリを採りながら、一度だけ話をしたことが有るだけです。
1980年代以降、ほとんど入江さんのうわさは聞きませんでしたが、岩橋さんはずっとつきあいがあったとかで、数年前から、一緒に夜須高原などにヒメビロウドカミキリ採集などに出かけられているようです。
野母崎の権現山は、かつて、ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシなどの探索に出かけた場所ですが、その後、かなり公園として整備され、野田さんが、サタサビカミキリを採集された当時とは、ずいぶん変わってしまったということです。
40年以上も再発見されていないこともあり、今も生息しているのか、私にとっては、ほとんど幻のカミキリとなっておりました。
そんなところに、「入江さんが採った」との岩橋情報です。
再三、岩橋さんにお願いして、採られた場所や採られた状況などを聞いていただきました。
一方、佐多岬でのサタサビカミキリの生態について、カミキリ生態の第一人者である鹿児島の森さんに尋ねてもらったところ、「幼虫はシイ林の林床で、湿気た枯れ葉を被った細い落ち枝に入る」ということでした。
総会の前日、この情報を持って、長崎昆のメンバー数人・もちろん唯一の採集者・野田さんも含めて、幼虫探索に出かけたわけです。
各自、林内で思い思いにカミキリが入ってそうな枯れ枝を探してみました。細い落ち枝で、林床にあって、おまけに枯れ葉に覆われているという条件は、なかなか難しく、適当に割ってみる枯れ枝は皆、パリパリに乾いていて、幼虫はおろか、喰痕すら見つかりませんでした。
2時間近く、数人で思い思いに材を採集して帰りましたが、その後誰からも、本種が羽化したという報告は有りませんでした。
前置きが長くなりましたが、
7月5日、どんより曇って、時折パラパラ小雨が降ってくる中、満を持して、成虫を確認すべく出かけました。
野田さんが7月4日、そして入江さんが6月末ということは、梅雨の湿気た時に成虫は出現してくるはずです。シイ林中の林床にある湿気た落ち枝、そして、入江さんが採集した場所、これだけの情報が有れば、ほぼ外れるはずが無いと思いながら、「それでもず〜っと採れていないからなあ・・・」と弱気の虫も出てきます。
林内に入って5分、道沿いの伐採されて地表に放置された枯れ枝を叩くと、「エッ、カミキリが」。
暗いのと、小さいのとで、柄がよく見えず、生きたのを初めて見る本種なので確信は持てませんが、状況からして、これこそサタサビカミキリと思わざるを得ません。
43年経って、林の状況は多少変わったとしても、いるところにはいるんですね。
それから、林床に寝ている枯れ枝を中心に、なるべく、枝自体を持ち上げてビーティングネットの上にソッと持ってきて揺するようにして採集しました。
他にも、アトモンチビ、アトモンマルケシ、クロオビトゲムネなど、余り違わないサイズの小型のカミキリもいて、梅雨空の暗い林内で、老眼の目を凝らしながらの採集は、相当きついものがあります。
それでも、段々に、落ちてきたときの触角を体に密着させたプロポーションで、本種と解るようになります。
2時間ほど、夢中になって採集して解ったことは、
太い枝にはついていない、林床から30cm以上離れた空中の枝にはいない、乾いた枝、シイの枯れたひこばえなどにもいない、直接日の当たりそうな場所にはいない、古い枯れ枝にはいない、ということです。
以上まとめると、
シイの大木が有る林に、成虫は梅雨時に限って出現し、かなり雨が降った日の直後に、湿った場所の林床に落ちている、まだ枯れ葉が残っている程度の若くて細い枯れ枝に集まる、ということになるようです。
数頭を生かして、枯れ枝と共に容器に入れて連れ帰ったところ、盛んに枯れ枝と枯れ葉の太い葉脈を後食します。
(枯れ葉上のサタサビカミキリ♂)
雌雄もすぐにペアーになりマウントしていましたが、交尾はまだ確認していません。
また、前記大図鑑では、後翅が退化傾向にあるのではないか、と書かれていますので、それは今後確認しようと考えています。
容器の中や、枯れ枝上は、かなり活発に歩き回りますが、高いところから落としても、まったく飛翔しようという行動は見られません。
(細い枝上のサタサビカミキリ♂)
大図鑑にある、野母崎産は佐多岬産と体型等に差があるとの意見については、佐多岬産を見たことが無く何とも言えません。
図版を見る限り、雄は野母崎産の方が細長い感じがしますので、今後、専門の方に精査していただきたいと考えています。
日本鞘翅目学会編, 1984. 日本産カミキリ大図鑑, 講談社, 565pp.
本種の情報についてお知らせいただいた入江さん、岩橋さん、森さん、野田さん、長崎昆の会員各位にお礼申し上げます。
(2014. 7. 10 補足)
このトピック掲載後、森一規、高桑正敏両氏からコメントをいただきましたので、補足したいと思います。コメントいただいたお二人に感謝します。
その前に、♀の前翅を持ち上げて、後翅の状態を確かめてみました。後翅は米粒程度に退化縮小していました。
赤矢印の先に小さく見えるのが、後翅です。完全に消失する一歩手前といった感じです。
♂では確かめていませんが、同様と思われます。
上翅は左右癒着してはいないものの、ほとんど、左右の上翅を開くことも無いのではないかと思われます。
さて、
カミキリ幼生期生態の第一人者、森さんからは、
「画像をちょっと見には、体型がサタサビよりトカラハネナシチビに近いように見えます。
私的には、ヒメアヤモンチビ Neosybra cribrellaが、トカラや佐多岬で特化し上翅短縮した型が、それぞれトカラハネナシチビ N.tokaraensis、サタサビカミキリ N.mizoguchiiと考えています。
伊豆諸島へは、トカラから海流による分布拡大かと推測されます。
このように考えたときに、長崎県野母崎産は、この地域で特化したのか、トカラから流れ着いたのか、興味あるところです。
また、佐多岬、野母崎で発見されたということは、甑島、天草周辺、都井岬、四国各岬なども湿度を保った林床が残っていたら、生息している可能性大であろうと思います。
限定された場所での生息ですから、採集者も乱獲は避けたいものです。」とコメントいただきました。
それに対して、私は、
「ヒメアヤモンチビは本州〜屋久までいますよね。
これがトカラで特化するのは、北→南の移動で難しくないですか?
むしろ、ヒメアヤモンチビやリュウキュウチビなどの近縁種、あるいは別種が、かつて大陸〜琉球のどこかにいて、それが、流れてきて特化したのでしょう。
その後の海流分布、特化等は、貴兄の説に賛成です。
奄美(ヒョウタンキマワリ)と沖縄(ヒメヒョウタンキマワリ)にソックリの、オオヒョウタンキマワリが長崎にいるのと、同じパターンのようですね。
今後、色々な人に探して貰って、ある程度数が揃ったら、各地のものを比較検討していただきたいものです。
サタサビカミキリの飼育は手がけられているのですか?」と返事を書きました。
そのまた、森さんの返事、
「サタサビカミキリの累代飼育は、ずいぶん前にやりました。
幼生期から見ると、この系統(Neosybra:ヒメアヤモンチビカミキリ属)は、樹皮下食で、蛹室も樹皮下に作り、系統的にはSybra(アヤモンチビカミキリ属)に近いです。
親まで通常1-2年かかり、♂は、1年の場合が多く、♀は2年の場合がほとんどです。
幼虫の生活史は、トカラハネナシチビカミキリ、サタサビカミキリ、ヒメアヤモンチビカミキリは皆同じで、幼虫形態も全く同じです。
ハネナシチビの方が、海流漂着であれば、佐多岬産の形態がトカラ産とずいぶん異なるのが気になります。
石垣島、西表島に分布するリュウキュウチビ N.ryukyuensisの上翅は、トカラ産、佐多岬産に比べて上翅が短縮していないので、それぞれの島に漂着してから、より特化したという考え方が出来ます。また、それぞれの島で特化した後に、他の島に流れ出た可能性(伊豆諸島など)も出てきます。
このようなときはmtDNA解析が早いのかも知れません。」との答えでした。
それで気がついたのですが、後翅無しで、林床の枯れ枝に来る
サタサビを含むハネナシチビ類は、
ハネナシチビカミキリ:伊(御蔵,八)
トカラハネナシチビカミキリ女島亜種:女島
トカラハネナシチビカミキリ:薩黒,ト中
サタサビカミキリ:九州(長崎・鹿児島)
の記録があります。
また、系統的にはまったく違った種群ながら、後翅が退化傾向にあるという点で良く似た形態と生態を持つハネナシサビ Pseudale(現在はPterolophiaの亜属)は、
北から、
ツシマハネナシサビカミキリ:対馬
オオキハネナシサビカミキリ:伊(御蔵)
コシキハネナシサビカミキリ:下甑
キュウシュウハネナシサビカミキリ:九州(宮崎白岩山),屋,薩黒,ト中,ト悪,ト宝
オオシマハネナシサビカミキリ:奄美
オキナワハネナシサビカミキリ:徳,沖永,沖縄,伊平屋,久米
と分布します。
2系統が、同時に分布しているのは、伊(御蔵),薩黒,ト中の3カ所だけです。
同じような分布様式を持つと考えられる2系統が、これだけ入り交じった分布をしていて、さらに、大部分、同時(同じ島、あるいは同一地域)に見られないと言うことは興味深いことです。
今のところ、狭い意味で同地点で両方の種の記録があるところは、知られていないのでは無いかと考えています。
樹皮喰いと、材喰いの違いがあったとしても、生態的に、2系統はかなり競合するのでは無いかと思われます。
次に、本トピックのことを、カミキリ大図鑑の中で野母崎産サタサビカミキリを検討されたことのある高桑さんにもお知らせしました。その返事。
「サタサビとハネナシチビ種群との種関係を見るなかで、野母崎産は重要な位置にあるし、せっかくのチャンスなので拝見するだけ拝見したいと思います。
また、藤田さんのカミキリ変異大図鑑(いつ完成かわかりませんが)に関与しているので、それに掲載させてください。
なお、3-4年前に御蔵島でだいぶハネナシチビを観察しましたが、夜間活動性で、夜は2mくらいの高所からも複数採集しています。また、集まる枯れ枝はシイが多いようですが、広葉樹ならとくにこだわらないようです。夜に行けたらやってみてください。」との返事でした。
高桑さんが検討してくださるとのことで、さっそく見ていただきたいと思っています。