黒岳春のFITとツツキノコムシ、そして湿草地のその後

前回のトピック、高原の春・湿草地のピットとナラ林のツツキノコムシの続きです。

4月16日午後は、牧ノ戸峠を越え、飯田高原を抜けて、黒岳に向かいました。

九重町から由布市庄内町に入ると、別荘地を抜け、ミズナラを主体とした林になります。
黒岳男池の1kmほど手前から男池の先まで、道路沿いに、4月7日から吊り下げ式FIT(渡辺式FIT)を4カ所掛けておりました。

まずは1km程手前の1番目のポイント、4月7日(ポイント写真はすべてこの日の撮影)にはまだ木々は芽吹いてもおらず、林内は茶色一色。立ち枯れと谷沿いの、虫が飛び抜けそうな場所に掛けました。

1番目のポイントのFIT
1番目のポイントのFIT

林内は、春〜夏の葉が茂った時期からすると、驚くほど日当たりが良く明るく、16日の回収の際は、地表近くを多くのコハナバチ類や双翅類が飛び交っていました。

なるほど、まだ早春で寒いこの時期でも、風当たりの少ない林内の地表近くでは、すでに多くの昆虫類が活動を開始していたもののようです。

16日のFITの回収が次の写真です。

1番目のポイントの回収品
1番目のポイントの回収品

低地ではすでに出ていたハコネエンマムシやトゲマグソコガネが、この1000m近い標高でも同じように出ています。調べてみたら、ハコネエンマムシの大分県の記録は無いようです。

ハコネエンマムシ

                            ハコネエンマムシ

トゲマグソコガネ

                             トゲマグソコガネ

一見、オオナガシバンムシかと思われるものも入っていましたが、帰宅して検鏡してみると、よほど細長く、どうも、ナガイムナクボシバンムシ Hadrobregmus nagaii Sakaiのようです。

ナガイムナクボシバンムシ

                           ナガイムナクボシバンムシ

この種は、四国の固有種と考えられていましたが、昨年、広島県旧吉和村でもFITに入ったものを報告しています。四国と広島県以西の山地に広く分布するのかもしれません。

今坂正一, 2013a. 広島県旧吉和村で採集した甲虫類. 比和科学博物館研究報告, (54): 69-164.

2番目のポイントは男池の500m程度手前、道下の谷川沿いまで降りた立ち枯れの所です。

2番目のポイントのFIT

                           2番目のポイントのFIT

写真の右側に黄色く沢山写っているのはキスイモドキで、瀬の本のコブシの花同様、九重町田野のコブシでもムネアカオオノミハムシとセットで多く集まっていました。
この時期、最も活動的な訪花甲虫と言えるようで、相当飛び回っているようです。

2番目のポイントの回収品

                          2番目のポイントの回収品

糞虫も3種見られ、フトカドエンマコガネとクロオビマグソコガネ、そして、ネグロマグソコガネが見られました。

特筆すべきはマキムシモドキ Peltastica amurensis Rietterで、この種は大分県ではつい最近、三宅さんが報告された黒岳産の1例が知られるだけで、九州では、他に福岡県と宮崎県の記録が各1例知られる程度です。

三宅 武, 2013. 九重山群で採集された甲虫. 二豊のむし, (51): 26-33.

私自身、九州で採集したのは初めてです。
三宅さんのデータも4月11日採集になっていますので、この種もブナ帯にしては早春のこの時期飛び回るのでしょう。

マキムシモドキ

                             マキムシモドキ

クロモンヒメヒラタホソカタムシ Microsicus nivea (Sharp)も九州では福岡・熊本両県の記録しか無く、昨年まで大分県でも記録されていませんでした。やっと堤内(2014)により傾山から記録されています。

クロモンヒメヒラタホソカタムシ

                          クロモンヒメヒラタホソカタムシ

堤内雄二(2014)大分県のホソカタムシ. 二豊のむし, (52): 42-49.

ちなみに、上記報告は大分県のホソカタムシの総まとめですが、26種もの記録があり、綺麗な写真と共に掲載されています。青木淳一先生の研究を経ての成果ではありますが、九州でもダントツの成果と言えます。

前回、キノコのスプレーイングで採集したものを報告したクジュウツツナガハネカクシやネアカマルクビハネカクシ Tachinus trifidus Sharpなど、ハネカクシの珍品もかなり早くから飛び回っているようです。

ネアカマルクビハネカクシ

                          ネアカマルクビハネカクシ

3番目のポイントは男池駐車場のすぐ向かい、河川の手前側の針葉樹の林内です。

3番目のポイントのFIT

                           3番目のポイントのFIT

ここの回収品は比較的2番目のポイントのものと似ていて、クロオビマグソコガネとネグロマグソコガネ、クジュウツツナガハネカクシとネアカマルクビハネカクシが同様に含まれています。

3番目のポイントの回収品

                         3番目のポイントの回収品

クビナガムシ科に移されたヨツボシキバネナガクチキムシ Stolius vagepictus Lewisが入っていて、アレッ?と思いました。普通、見られるのは秋だからです。

この分だと、秋に出て、成虫越冬して春を待ちかね、早春にササッと活動していなくなる種なのでしょうか?

ヨツボシキバネナガクチキムシ

                          ヨツボシキバネナガクチキムシ

さらに、アラゲカタキバツツキノコムシ Octotemnus punctidorsum Miyatakeも入っていましたが、この種については、後の方で改めて紹介します。

さて、最後の4番目のポイントは、昨年、エチゴトックリゴミムシを採集した短季湿地です。ここにはヤナギの立ち枯れがあり、2011年にはこの立ち枯れが枯れ具合やキノコの生育などかなり条件が良く、FITで多くの甲虫が見られました。

(2014. 8. 5 追記・訂正:上記でエチゴトックリゴミムシと書いている個体を見直す機会が有り、精査したところ、オオトックリゴミムシの誤りでしたので、ここに訂正し、お詫びします。本記録はすでに、今坂正一・三宅 武, 2014. 大分県で採集した興味深い甲虫(2011-2013). 二豊のむし(大分昆虫同好会会誌), (52): 1-15.において、九州本土初記録として黒岳から記録していますが、次回、訂正する予定です。この結果、エチゴトックリゴミムシは、九州では、福岡県の博多湾上に浮かぶ能古島の記録(藤本博文, 2013)が唯一ということになります。)

今年もその二番煎じを期待したのですが、残念ながら3年の間にかなり腐朽が進み、キノコ類の生育も少なくなって、今年は前のようには多種類の甲虫は見られないかもしれません。

4番目のポイントのFIT

                           4番目のポイントのFIT

それでも、FIT4基を掛けたこともあり、ハネカクシを中心に、4つのポイントの中では、最も多くの個体が回収されました。

4番目のポイントの回収品

                           4番目のポイントの回収品

前回も紹介したオオハネスジキノコハネカクシが入っており、ツマグロアカキノコハネカクシは九州では数例しか知られていません。

ツマグロアカキノコハネカクシ

                           ツマグロアカキノコハネカクシ

ここでもハコネエンマムシが3個体採れていて、この時期、多いようです。

また、マルチビヒラタエンマムシ Cryptomalus montivagus (Lewis)も自身の初採集ですが、大分県では最近、熊群山から記録されたばかりのようです。前胸基縁に沿って大きな点刻列があるのが特徴のようです。

マルチビヒラタエンマムシ

                           マルチビヒラタエンマムシ

三宅 武, 2011. 熊群山の特異な昆虫類. 二豊のむし, (49): 1-5.

特に注目すべきなのはホソテントウダマシ Panamomus brevicornis Gorhamが得られたことです。この種の記録は全国的に非常に少なく、九州では長崎県多良山系と大分県の北川ダムと清川町御嶽山の記録が知られるだけです。

ホソテントウダマシ

                             ホソテントウダマシ

以上、全部で10基のFITに、多分、100種近くの甲虫が入っていたと思われます。

従来の感覚では、黒岳のブナ帯での採集は、せいぜい、5月後半になって、木々の葉もシッカリ広がり、各種花が咲き出してからと言うのが虫屋の常識でしたが、それより、1ヶ月以上も早いこの時期からこれだけの虫が活動しているというのは衝撃でした。

花の上とか、葉上とか、人目に付くところにはほとんど甲虫は見られませんでしたが、局所的に、風の吹かない窪地の陽だまりなど、甲虫が十分に動ける温度が約束されている林内の地表では、積極的に虫は動いているようです。

この日、FITの回収後に、樹皮がささくれ立っている立木や、コケがビッシリ生えている立木、そして、立ち枯れなどでスプレーイングを試みましたが、特に報告したいような種は得られませんでした。

その後、同じように、FITなどトラップ回収を目的として、4月24日と5月4日の2回、阿蘇-瀬の本-黒岳と言うコースをたどって採集しました。

採集物は似たり寄ったりですが、黒岳でのスプレーイングでは、4月24日には樹洞で、クロサワツヤケシコメツキ Megapenthes kurosawai W. Suzukiの♂♀が得られました。

樹洞

                              樹洞

(クロサワツヤケシコメツキ♂♀)

また、倒木に付いたカワラタケのスプレーイングでは大量のツツキノコムシ類が採れました。

4月24日黒岳でのスプレーイング採集品

                       4月24日黒岳でのスプレーイング採集品

これらを帰宅して検鏡したところ、前回までに紹介した種以外に新たにオオツツキノコムシ Cis boleti polypori Chujoとアラゲカタキバツツキノコムシ Octotemnus punctidorsum Miyatakeの2種が含まれていました。

特に、アラゲカタキバツツキノコムシの方は、九州では福岡県の記録しか無いし、それまで、総説の説明ではカタキバツツキノコムシとの差がハッキリ理解できていませんでした。

しかし、実物を得て比較すると一目瞭然で、前胸の大きく強い点刻とつや消しの印刻の具合、上翅の粗い点刻、頭の突起と毛の生え方など、まったく違っていました。

オオツツキノコムシ

                             オオツツキノコムシ

(アラゲカタキバツツキノコムシ♂)

その他に、ミツノツツキノコムシ、チュウジョウエグリツツキノコムシ、キムネツツキノコムシ、カタキバツツキノコムシ、ツヤツツキノコムシ、ヒメツヤツツキノコムシ、ミヤマツツキノコムシ、ゴマフツツキノコムシの8種が含まれていましたので、黒岳のカワラタケには10種のツツキノコムシがいたことになります。

先に紹介した久留米市高良山では8種、瀬の本高原では9種でしたので、ちょっと条件の良いキノコには1度に10種近くのツツキノコムシ類が集まる事が解りました。

瀬の本高原で、種不明とした種はやはりキムネツツキノコムシで良さようです。
黒岳の標本で色が良く出ているものがありますので、紹介しておきます。

キムネツツキノコムシ

                            キムネツツキノコムシ

さらに5月4日の黒岳では立ち枯れ木のスプレーイングでオオマダラコクヌストが、そして、FITで真っ黒のヒメマキムシの一種が採れました。

オオマダラコクヌスト

                            オオマダラコクヌスト

後者は、いつも微小甲虫についてご教示いただいてる平野さんによると、Enicmus brevicornis (Mannerheim)ではないか、とのことで、この学名でインターネットで検索してみると、確かに同じように見える画像がいくつも出てきました。

Enicmus brevicornis

                            Enicmus brevicornis

平野さんによると、ヨーロッパ、イラン、トルコと、北海道・本州でも採れていて、普通のヒメマキムシ類のような黄褐色の個体もいるそうです。いつもご教示いただいている平野さん、ありがとうございます。

「九州でも採れましたか」との感想でしたが、外来種が入り込んでるとは思えないような原生の環境で、それまで何処でも見つかっていないのに突然各地でとれ出す虫がいて、元々国内に生息していた種かどうか解らなくなります。

それから、阿蘇の湿草地のピットフォールトラップのその後ですが、湿草地は草丈がかなり伸び始め、裸地がだいぶ見えなくなりました。

5月4日阿蘇の湿草地

                           5月4日阿蘇の湿草地

4月24日→5月4日と、セアカオサムシの個体数はみるみる増えていきました。

5月4日ビット採集品1

                            5月4日ビット採集品1

チョウセンマルクビゴミムシはその後もポツポツ入り、5月4日は4個体が入りました。
なぜか、いまのところ♀ばかりのようです。すべて、水辺から1m以内のピットに入っておりました。
写真の下の方に写っているゲンゴロウ類2種はピットの採集品ではありません。

5月4日ビット採集品2

                           5月4日ビット採集品2

ピットに入るメンバーも、アカガネアオゴミムシ、ヒメキベリアオゴミムシ、コキベリアオゴミムシ、オオホシボシゴミムシ、キンナガゴミムシ、アシミゾナガゴミムシなど湿地〜草地にいるゴミムシ類がかなり増えてきて、

草地性のオオビロウドコガネ、ニセクチブトコメツキ、チャバネクシコメツキ、

湿地性のババジョウカイ、水辺にいるアシマダラメダカハネカクシ、ホソフタホシメダカハネカクシ、

ハムシ類ではミズタマソウカミナリハムシ、トゲアシクビボソハムシ、ハッカハムシ、イチゴハムシ、ヒメドウガネトビハムシなど、かなり種数も増えてきました。

驚いたのは、腐り始めたセアカオサムシのコップにシデムシが入っていたことで、ヨツボシモンシデムシとは少し違うな、と思いながら、帰宅してから調べてみたところ、後脛節は明らかに湾曲しており、なんと、全ての個体がヤマトモンシデムシ Nicrophorus japonicus Harold でした。

ヤマトモンシデムシ

                            ヤマトモンシデムシ

本種はかつては日本中の河川敷や草地などに普通にいた種のようで、古い標本は見たことはありますが、最近九州内で採集された個体はほとんど知りません。

当然、自身では初めての採集です。
ちょっと、オオウラギンヒョウモンの最近の生息傾向と良く似ているようです。

阿蘇の原野のように、良い状態で保存されている草原には今もいることが解って、少し安心しました。

ようやく、本格的に虫たちが出てきたようで、これからが本当の勝負と思いましたが、ピットに落ち込んだ虫が腐り始めていたことや、今後、頻繁には回収に来れそうに無いことより、涙を呑んでピットフォールトラップはここで中断することにしました。