2007年11月10日、大分県九重湯坪温泉で、第29回九州むしや連絡会が開催された。
その件は、別に報告するとして、会は夕方からで、天気も良いところから、久方ぶりに黒岳に採集に出かけた。
男池周辺はちょうど紅葉が始まったばかりで、秋の陽が、色とりどりの木々の葉を照らしていた。
2時間余り、樹幹やキノコ、樹皮下を探して彷徨った後で、倒木の根本に密集して生える赤茶色のキノコを見つけた。
革質で表面がビロウト状なので、ヤニタケではないかと思う。
(写真:右上の方に、虫が写っている)
何層にもなっているので注意してみていくと、7-8mm の胸が赤くて瑠璃色の上翅をした虫がはい出してきた。キノコの層の間に一杯隠れているらしい。
探るといっせいにあちこちに逃げ出すのをあわてて捕まえる。何匹か採集してからちょっと落ち着いて、写真を何枚か撮りながらよく見ると、前胸には4つの黒紋が見える。
まったく、見たことのない虫で、「何だ、こりゃ〜」と思わず声を上げる。
ワクワクしながら、新種だと大変なので、とにかく、数をかせぐ。
夕方、むしや連絡会の会場に着いて、大分県の甲虫の生き字引のような三宅さん・堤内さんを見つけて、さっそく、上記の虫の話を切り出す。
「橙色の前胸に、4つの黒紋があって、上翅が瑠璃色の虫」
と説明しても、みんな首をひねるばかり。そんなもの、見たことも聞いたこともない、と言う。
何の仲間と思うかと聞かれて、クチキムシ〜ナガクチキのあたりかな、と答えながら、まったく自信がない。
論より証拠、宿の一室に招いて、さっそく採ってきたばかりのタトウを開く。
「あらら!! 青い鳥」
家に戻ると青い色はすっかり消え失せて、ただの黒い虫になっていましたとさ。
確かに、採集した時には青い光が見えて、ちょうど、アカアシヒメコメツキモドキのような配色に見えた。
撮影した生態写真をデジカメの画面で示して、必死で、青かったと弁解する。
改めて見直すと、写真でも青みはほとんど見られない。それでも青いと強弁すると、相手も、うんうんと、お義理でうなずいてくれる。
蛍光灯が暗いせいもあり、昼間なら青い光が見えるかもしれないと負け惜しみで思いながら、目の前のタトウには、多数の赤黒い虫が横たわっていた。
前胸の黒紋も、死んでしまうと鮮やかさが消え、かなりぼけてしまった。個体によっては、前胸の紋が拡大して大部分が黒褐色になるものもいる。
黒紋の大きさは、かなり個体変異があるようだ。
どちらにしても、三宅・堤内両氏とも、こんなものは見たことがないということで、新種の期待が高まった。
お互いに30年近くも黒岳に通っているのに、ある日突然、見たこともないような虫が多量に見つかる。
「黒岳はすごいなあ」、みんなのつぶやきが聞こえた。
帰宅して、さっそく、調べにかかる。
概形はヒメクチキムシ類に似ているが、科の検索を引いてみると、クチキムシは爪が櫛状とある。問題の虫は単純で、クチキムシではない。
小顎髭や、前胸腹板の形が、コキノコムシにも似ているので、念のためにフ節の数を数えると、雌雄共に5-5-4で、♂4-4-4・♀4-4-3になるコキノコムシでもない。
キノコムシダマシも考えてみたが、丸い体形や、触角先端が球桿になるこの科とも違っている。
フ節の数から、異節類には違いないので、他に可能性がありそうなのはナガクチキムシくらいしか思い浮かばない。
図鑑を眺めると、前胸の形など、ムナクボナガクチキが少し似ていて、前胸基部両側のくぼみが共通である。
しかし、後種は全体単色で、上翅に毛があり、無毛の本種とは異なる。
この種は、国内では同属の種が無く、これで、すっかり手がかりが無くなってしまった。
(上:背面, 下:腹面)
最後の望みで、一応、ナガクチキということにして、水野さんの解説「ナガクチキ漫談」(北九州の昆蟲,37〜41に連載)を頭から読んでみた。
すると、ナガクチキ漫談(6).北九州の昆蟲,39(2): 105-107(1992)に、-Mycetomaのことなど-と題する一文があり、
「先年、中根先生の記載になるムネモンコナガクチキ Mycetoma sapporensis が本誌上に発表され、興味深く読ませていただいた。特に面白かったのは中根先生ですらこの虫を長い間 Mycetochara(クチキムシ科の属)と思っておられたとの記述である。」とある。
(水野より引用: 後日、中根先生自身が sapporense に訂正)
Mycetochara(ヒメクチキムシ)に似てて、ムネモン(胸・紋)コナガクチキという和名から、いきなり、ピーンときた。こいつだ!!
さっそく、参考文献を探すと、水野さんの報文の数号前の38巻1号に記載があった。
(中根(1991)日本の雑甲虫覚え書. 北九州の昆蟲, 38(1): 1-9.原記載冒頭部分を引用)
見開きに、以下の付図が付いている。これを見ると、前胸の黒紋と上翅基部の淡色部の様子など一目瞭然で、この種に間違いない。
(上:付図・中根より引用, 下:頭胸部写真)
とりあえず、今回の黒岳産をムネモンコナガクチキ Mycetoma sapporense Nakaneと同定しておきたい。当然、九州初記録になる。
それにしても、さすがに中根先生、ちゃんと見つけて、記載されている。
解説によると、近縁種が極東に Mycetoma affine Nikitsky (国後)と、Mycetoma ussuriense Nikitsky の2種あり、本種は後者に似ていて、前胸の点刻やカラーパターンで区別されるという。
水野さんも、中根先生も、ナガクチキかどうか迷われていたようで、私が解らないのも、ごく当然である。
あるいは、同様に何の仲間か判断できずに、いずこかの標本箱で眠っている個体もあるかもしれない。
それにしても、本種は九州大学の昆虫総目録にも出てこないので、水野さんのヒントが無いと、絶対に行き当たらなかったと思う。
まあ、この文献を見つけられなかったら、当分の間、新種だと思って、ホクホクしていられたのに・・・と思うと、その点、多少残念な気もする。
ただ、厳密には、上記の文献の情報からは、真に確定することは不可能で、
本当に、Mycetoma ussuriense とムネモンコナガクチキ Mycetoma sapporense が別種かどうか、
沢山得られた黒岳の Mycetoma が、Mycetoma sapporense とまったく同じかどうかは、
ホロタイプと比較してみるなど、専門家の目で確認して貰う必要がある。
色彩変異はかなり多様であるので、これら全てが同一種の可能性もあるし、あるいは、地域分化している可能性もある。同種としても、雌は記録されていないので、雌の記載も必要であろう。
ここまで書いてから、念のために、水野さんに意見を求めてみた。
水野さんの返事は次のとおり。
「Mycetoma を九州で採集されたのは大きなニュースです。四国の剣山あたりでかなり以前から知られていましたので、もしやと考えていました。
このナガクチキは晩秋にヤニタケ、ヤケコゲタケに居ることが知られるようになってから、各地の熱心家が探して現在次々と知見が寄せられています。
私の手元にも、札幌、宮城県、福島県、東京都奥多摩などの標本が集まりました。
同時に、sapporense(–toma の形容詞ですから、中根先生も、記載の次の号で訂正されています)と affine が一緒に採れるようになって、sapporense は affine の synonymと思われるようになり、最近 Nikitsky が synonymize したように聞いています(文献確認をまだしていません)。
たしかに黄色の紋は鮮明なのから、真っ黒まで連続するようで、同一種と見るのが自然です。
なお、Nikitsky は Mycetoma, Hallomenus, Synstrophus, Holostrophus などをナガクチキからキノコムシダマシ Tetratomidae に移しています。
歴史的にキノコムシダマシはナガクチキの仲間と見られてきていますので、広義のナガクチキには違いないのですが・・・。」
やはり、問い合わせておいて良かった。中途半端な知識で、いいかげんな情報をホームページに出さなくてよかったと思っている。
ご教示頂いた水野氏に感謝したい。
これらの情報を整理すると、以下のようになる。
◎ムネモンコナガクチキ Mycetoma affine Nikitsky
分布:国後, 北海道(札幌), 本州(宮城・福島・東京), 四国(剣山), 九州(九重黒岳)
生態:晩秋にヤニタケ、ヤケコゲタケに見られる
現在の所属:キノコムシダマシ科 Tetratomidae
こだわるようだが、最初の印象のあの瑠璃色はなんだったのだろう?
私の目の迷いか、はたまた、全ての個体が、死んで魔法が解けて色が変わったのか・・・。
もう一度、生きたものを見て確認したいものだ。