春の南大隅-雨と風と低温と- その1

なぜ春に南大隅に

昨年の種子島の成果に気を良くして、今年(2025年)も夏に種子島を訪ねる予定でした。

ところが、家庭の事情で、6-8月まで、完全に家を空けられないことになりました。
このままでは腹の虫が治まらず、では、動ける春の内に、どこかに出かけようと思いました。
種子島の春は昨年出かけたことでもあるし、対馬、五島、天草のはずれの島など、色々考えてみましたが、どうも、シックリ来ません。

昨年は、種子島と綾町に出かけ、どちらも、それなりに興味深い成果があったのでした。

その中間地点となる南大隅が、ふと、頭に浮かびました。

(種子島と綾町の中間に南大隅)

種子島と綾町の中間に南大隅

九州南部にカニの鋏のように突き出た2つの半島のうちの、東側の大隅半島南端、佐多岬とそれに連なる肝属山地、木場岳、稲尾岳と甫与志岳などです。

(南大隅)

南大隅

残念ながら、サタサビカミキリ等で有名な佐多岬は採集禁止になってしまいました。
しかし、稲尾岳南山麓の杉山谷は、現在でもオオスミヒゲナガカミキリのメッカとして有名です。

(オオスミヒゲナガカミキリ♂♀、鮫島2002より引用)

オオスミヒゲナガカミキリ♂♀、鮫島2002より引用

鮫島真一, 2002. こんなに大きいのに、名前が浮かばない!オオスミヒゲナガカミキリ発見談. 月刊むし, (376): 2-5.

ひと頃は、発生期の7-8月になると、日本全国各地から、このカミキリ狙いで虫屋が集まり、海岸線と平行に走る県道74号線沿いに、一晩に10数個の夜間採集の白幕が、まるで縁日の屋台のように立ち並んでいたそうです。

また、甫与志岳は、カミキリ幼生期研究の第一人者である森さんによって、それまで屋久島固有種と考えられていたクロモンキイロイエカミキリやヤクシマミドリカミキリ、クロモンヒゲナガヒメルリカミキリなどが発見され、藤田さんに「九州本土に屋久島があった!!」との記事を書かせてしまったほどです。

(月刊むし240号表紙 1991)

月刊むし240号表紙 1991

森 一規, 1991. 大隅半島南部のカミキリムシ. 月刊むし, (240): 4-13.
藤田 宏, 1991. 九州本土に屋久島があった!!. 月刊むし, (240): 14-15.

(森,1991 付図)

森,1991 付図

地図を確認すると、佐多岬から、それに連なる木場岳、稲尾岳、甫与志岳までは1繋がりの山地(肝属山地)です。
氷期など仮に海水面が50mほど上昇すると、より北部の高隈山など九州南部とは切り離されて島(仮に、南大隅島)になってしまいます。

あるいは、この南大隅島の時代に固有種が生まれたかもしれず、はたまた、屋久島や種子島と深い関係があったかもしれません。
カミキリ以外でも、さらに深く調べてみる必要があります。

さっそく相棒の國分さんに、4月末の南大隅行きを打診したところ、快諾していただきました。

南大隅の文献記録

南大隅行きを思い立ったのが2月初めで、出かける予定の4月末まで、まだ3ヶ月近くあります。
はやる気持ちを押さえるために、採集地情報と文献記録を集めてみることにしました。

その中で、稲尾岳の山頂周辺には広い保全地区があり、採集はできないことが解りました。
知らずに採集して面倒になるのは嫌なので、鹿児島の福田さんにお尋ねしてみました。
すると、稲尾岳自然環境保全地域調査報告書(1986)にその範囲が明示してあるとの情報をいただきました。
さっそく報告書の借用をお願いしたところ、送ってくださいました。福田さんにお礼申し上げます。

環境庁自然保護局, 1986. 稲尾岳自然環境保全地域調査報告書.

保全地区は稲尾岳の山頂周辺から、南山麓と東側の尾根に広がっていました。
これを見ると、ほぼ、車で行ける車道のある場所は、範囲に入っていないことが解りました。

(保全地区の範囲)

保全地区の範囲

最近は、車からほとんど離れない採集なので、知らずに保全地区で採集する恐れはまずありません。

この稲尾岳の報告書の中に、甲虫の記録としては中根先生等の報告が有り、文献記録も含めて369種の甲虫が記録されています。
大部分は九州北部の低山地でも見られる種ばかりで、期待した南もの(琉球~屋久島・種子島との共通種)がほとんど含まれておりません。

中根猛彦・松井英司・原田 豊・高井 泰・田辺 力. 1986. 稲尾岳自然環境保全地域及び周辺地域の甲虫類. 稲尾岳自然環境保全地域調査報告書, : 205-230. 環境庁自然保護局.

特筆種として、サタヒラタゴミムシ、サタツヤゴモクムシ、フトアラメゴミムシダマシ、クロオビマダラヒゲナガゾウムシ、サタアナアキゾウムシ、ナガオチバゾウムシなどが挙げられています。
その多くが後翅が退化したような、移動性が少なく、地域の固有種になるような種が挙げられています。

多分、この時の調査の主体が稲尾岳の山頂部分で、南ものが多く採れそうな稲尾岳南山麓の調査は行われなかったのでしょう。

その他、上記、森さんによるカミキリのまとめ以外で、掲載種数が多い文献は、
城戸・小田・江頭 (2008):372種、
城戸・小田 (2006):244種、
佐々木 (2002a, 2002b): 165種と177種、
田中・津田 (1984):106種、
鍛治屋ほか (2011):100種、
坂元・田中・嶋 (1965):86種などです。

このうち、城戸さんグループと、鍛治屋さんグループ以外は、大半がカミキリムシの記録です。
その他の甲虫は大部分断片的な記録ばかりで、まとまった記録はありません。

城戸克弥・小田正明, 2006. 鹿児島県稲尾岳山麓で採集した甲虫類 I. KORASANA,(73): 37-53.
城戸克弥・小田正明・江頭修志, 2008. 鹿児島県稲尾岳山麓で採集した甲虫類 II. KORASANA,(76): 17-34.
鍛治屋光代・駿河ひとみ・長利京美・松元留理子, 2011. 2011年「夏の合宿」報告. Satsuma, 61(146): 275-281.

佐々木邦彦, 2002a. 鹿児島県佐多町辺塚の甲虫類(I). 北九州昆蟲, 49(2): 173-180.
佐々木邦彦, 2002b. 鹿児島県佐多町辺塚の甲虫類(II). 北九州昆蟲, 49(2): 181-188.
田中和臣・津田勝男, 1980. 鹿児島県のカミキリムシ-Ⅱ(本土編). Satsuma, 29(84): 164-225.
坂元久米雄・嶋洪, 1965. 鹿児島県のカミキリムシ. Satsuma, 13(41): 70-165.

それでも、これまでにリストアップできた南大隅(肝付町、鹿屋市吾平町、錦江町、南大隅町)産の甲虫の文献は94編で、総種数は1173種にも上ります。
1地域のファウナとしては、比較的充実していることが解ります。

これらの文献探索と並行して、採集地情報の収集も続けました。
採集地までの道路情報など行き方を始めとして、宿泊先、採集地の状況や採集ポイントなどについて、尋ねてみました。
福田さんを始めとして、城戸さん、野田さん、小田さん、廣川さん、足立さんなどより、有益な情報とアドバイスをいただきました。心より厚くお礼申し上げます。

新昆虫に掲載された「80年ほど前の南大隅採集記」

城戸さんは、採集地のポイント情報とともに、新昆虫に載った記事のコピーも送ってくださいました。

(新昆虫 Vol. 6 No. 3 1953 九州特集号 表紙)

新昆虫 Vol. 6 No. 3 1953 九州特集号 表紙

江崎悌三・朝比奈正二郎・長谷川仁・加納六郎・中根猛彦・平嶋義宏, 1953. 大隅採集旅行記. 新昆虫, 6(3): 32-45.

これはもう、80年ほども昔の、戦後すぐの時代の、日本昆虫界の錚々たるメンバーでの南大隅採集記です。

(新昆虫付図より 一行記念写真 左より、長谷川仁・江崎悌三・朝比奈正二郎・中根猛彦・平嶋義宏・加納六郎の各氏)

新昆虫付図より 一行記念写真 左より、長谷川仁・江崎悌三・朝比奈正二郎・中根猛彦・平嶋義宏・加納六郎の各氏

日程を見ると、昭和27年(1952年)5月22日に国鉄で指宿まで来て、山川港から船で伊座敷港へ。
その後、31日まで、伊座敷から大中尾、辺塚、浜尻を経て、馬篭へ、そしてここを拠点に、佐多岬まで往復されています。

(新昆虫付図より 佐多岬附近略図)

新昆虫付図より 佐多岬附近略図

地図上で確認してみると、道とは言えない道も含めて、連日、10-20km徒歩で採集しながら移動されています。
つくづく、この頃の昆虫学者は、大先生であっても、なべて健脚でなければ採集も研究もできなかったことが解ります。

可笑しいのは、行く先々の行程ごとに、珍品をいくつ採ったかで、勝ったの負けたのと書かれていることです。
大先生同士が、まるで子供のようにこんなことを繰り返し書かれていて、虫屋はやはりそうなのか、と思ってしまいました。

最後のページに採集リストが有りますが、甲虫は中根先生の報告で、69種が記録されています。

目を引くのは、イカリモンハンミョウ、キンヘリアトバゴミムシ(キンヘリホソクビゴミムシとして)、モリアオホソゴミムシ(アオホソクビゴミムシとして)、ツヤマグソコガネ、リュウキュウツヤハナムグリ、サタカミキリモドキ(サメハダカミキリモドキとして)、リュウキュウルリボシカミキリ、ヨツモンタマノミハムシなどです。

(新昆虫付図より キンヘリアトバゴミムシ)

新昆虫付図より キンヘリアトバゴミムシ

(新昆虫付図より イカリモンハンミョウとイソジョウカイモドキ)

新昆虫付図より イカリモンハンミョウとイソジョウカイモドキ

(新昆虫付図より リュウキュウルリボシカミキリ、ルリナカボソタマムシ、ミツギリゾウムシ)

新昆虫付図より リュウキュウルリボシカミキリ、ルリナカボソタマムシ、ミツギリゾウムシ

中根先生は、この時の採集品を元に、9種ものベニボタルを自身のレビジョンで記録されており、ヒメクシヒゲベニボタルはこの時の採集品がホロタイプであり、ヒメクロハナボタルとヤククロハナボタルはパラタイプです。

Nakane, T. 1969. Fauna Japonica Lycidae (Insecta: Coleoptera). 224pp. Keigaku Pub. Co. Ltd.

過去2回の南大隅行き

実は、私も過去2回ほど南大隅に出かけたことがあります。

1回目は1996年のことで、まだ小さかった娘2人とカミサンを連れての家族旅行でした。
観光地を巡る傍ら、5月3日と4日に甫与志岳へ、5月4日と8日に佐多岬に出かけています。

佐多岬もまだ、採集禁止ではなかったと思われます。

この日、5月8日は雨交じりの強風下で、やむなく、遊歩道から外れて谷間に降り、シロアリの入った朽木もろとも落ち葉篩をして、残渣を持ち帰りました。
帰宅後、簡易ベルレーゼにかけたところ、マンマルコガネが出現したわけです。

今坂正一, 1997. 佐多岬のマンマルコガネ. 月刊むし, (314): 24-25.

(付図1)

付図1

この時点で、日本産は、トカラ中之島産のトカラマンマルコガネと、石垣・西表産のヤエヤママンマルコガネが知られていました。

(付図2)

付図2

たまたま、虫友の北山さんがトカラを、長崎の野田さんがヤエヤマを所蔵されていたので、借用して、佐多岬産と比較してみたのが、上記報告です。

(形質比較表)

形質比較表

結論として、佐多岬産はよりトカラに似ていて、ヤエヤマは少し違っていました。
それでも、佐多岬産自体にも個体変異があり、それぞれ、質的な違いは少ないので、2種は別種と言うより、亜種程度であろうと述べています。

その後、食糞性コガネムシ研究の第一人者である越智さんから、借用の申し入れがあり、詳しく検討していただきました。
現在は、九州(佐多岬),トカラ中之島,奄美大島,加計呂麻島,沖縄,伊平屋島,久米島のものがマンマルコガネ原亜種、石垣島,西表島産は、その八重山亜種として扱われています。

協力・ご検討いただいた故・北山さん、野田さん、越智さんに、心より厚くお礼申し上げます。

さらに、2回目は、ずっと後、2015年春のことで、鹿屋でのアセスメント調査の後に、仕事仲間の塚田さんの案内で、4月24-25日、1泊2日の駆け足・南大隅採集でした。

この時の様子は、当ホームページ上に掲載していますので、詳しくはそちらをご覧ください。

南大隅町の春

この時は、塚田さんの車の後をついて回っただけなので、ほとんど、何処を通ったのか道を覚えていません。

後でメモを調べてみたところ、初日は県道563号線の峠を越えて打詰にくだり、海岸に沿って県道74号線を杉山谷まで行って、灯火採集。
2日目は木場岳中腹の林道で採集してから、西岸の伊座敷海岸に移動し、波打ち際近くの旧道沿いで採集したようです。

2回目の目玉は、クロサワツツヒラタムシとエサキヒシガタクモゾウムシ、クロオビマダラヒゲナガゾウムシ、ムナキヒメジョウカイモドキなどの南ものと、

分布しているとは思いも掛けなかったニンフジョウカイの未記載種?、ニッポンクロチビジョウカイなどです。
案内いただいた塚田さんに改めてお礼申し上げます。

(クロサワツツヒラタムシとエサキヒシガタクモゾウムシ)

クロサワツツヒラタムシとエサキヒシガタクモゾウムシ

(クロオビマダラヒゲナガゾウムシとムナキヒメジョウカイモドキ)

クロオビマダラヒゲナガゾウムシとムナキヒメジョウカイモドキ

(ニンフジョウカイの未記載種?とニッポンクロチビジョウカイ)

ニンフジョウカイの未記載種?とニッポンクロチビジョウカイ

4月末は空きがなく5月の連休明けに

愈々予定の4月末が近くなったので、宿探しを始めましたが、少し遠くの伊座敷や根占でも、なかなか見つかりません。

そんな中、野田さんと廣川さんから、採集場所のど真ん中の辺塚に民宿があるという、耳寄りの話を伺いました。
さっそく、その湊原旅館に電話してみると、「4月はいっぱいで空いてない」との返事。
「では、連休明けの5月は空いていますか?」と尋ねたところ、大丈夫とのこと。

4月末の予定を、連休明けの5月8日~12日に変更しました。

なお、上記種の内、意見は様々に分かれるところですが、オオスミヒゲナガカミキリはヨコヤマヒゲナガカミキリの亜種とする考え方が濃厚で(学名の処置はされていない)、また、南大隅産のヤクシマミドリカミキリはその後、固有亜種 Chloridolum kurosawae ohsumiense N. Ohbayashiとして、扱われています。