平尾台の昆虫調査 1
福岡県では、2021年度から3年間の予定でレッドデータブックの見直しが始まり、今坂は委員を拝命しました。
2021年度の調査は、通常は採集禁止の場所である、平尾台と英彦山山系のブナ帯の調査をすることにして、許可をいただいて調査し、その報告を久留米昆会誌KORASANA97号に掲載しました。
今坂正一・國分謙一・和田 潤・築島基樹, 2021. 平尾台で2021年までに確認された甲虫類について-福岡県RDB調査の一環として確認された昆虫類を含む-. KORASANA, (97): 135-198.
前回、会誌97号の紹介の中でその内容について報告しました。
今回から、2022年度の調査について、随時、紹介したいと思います。
(平尾台の位置)
平尾台は北九州市の南部、小倉南区と周辺市町村を含み、中心部の標高は400m前後、台上面積約12平方キロのカルスト台地です。
(平尾台のカルスト台地)
平尾台の大部分は野焼き草原ですが、かつてオオウラギンヒョウモンの生息地として有名で、甲虫類でもルリナガツツハムシ、アサカミキリ、ヒメビロウドカミキリ、バッタのオオクサキリなど、草原性昆虫が多産することで虫屋に知られていました。
(平尾台図版1)
上記の報告では、2021年度の調査結果に加えて、過去の文献記録も調べ、平尾台産昆虫類として、甲虫795種、チョウ61種、トンボ27種、カメムシ目50種、バッタ類36種、ハチ8種を記録しました。
(平尾台図版2)
平尾台に生息する種のうち、福岡県RDB2014と環境省RLに掲載されているのは63種にのぼり、その大半が草原性の種です。
平尾台は国定公園として保護されているとはいえ、数キロ四方の草原にこれだけ多くの希少種が生息していることは非常に重要です。
現在までに記録されている平尾台産RDB種は以下の通りです。
福岡県RDB 絶滅危惧 IA 類
ハッチョウトンボ(生息環境: 無農薬浅い止水)
タイワンツバメシジミ(生息環境: 日当たりの良い草地のシバハギ)
オオウラギンヒョウモン(生息環境: 野焼き草原のスミレ)
福岡県RDB 絶滅危惧 IB 類
シマゲンゴロウ(生息環境: 無農薬浅い止水)
ミズスマシ(生息環境: 無農薬止水?緩流水)
ガムシ(生息環境: 無農薬止水)
ギョウトクテントウ(生息環境: 草原)
ルリナガツツハムシ(生息環境: 野焼き草原)
ウラギンスジヒョウモン(生息環境: 野焼き草原)
ヒカゲチョウ(生息環境: 広葉樹林林床のササ)
アキヨシトガリエダシャク(生息環境: カルスト台地特有)
ヒメキイロヨトウ(生息環境: 不明)
福岡県RDB 絶滅危惧 II類
オオクサキリ(生息環境: 高原の高茎草地)
ホソハンミョウ(生息環境: 野焼き草原の裸地)
コガムシ(生息環境: 無農薬止水)
アサカミキリ(生息環境: 草原のアザミ)
タグチホソヒラタハムシ(生息環境: 草原のススキ)
シマクサアブ(生息環境: 草原)
ゴマフツトガ(生息環境: 草原)
ミヤマチャバネセセリ(生息環境: 明るいクヌギ林)
ツマグロキチョウ(生息環境: 明るく不安定な草地)
シルビアシジミ(生息環境: 明るく不安定な低茎草地)
オオウラギンスジヒョウモン(生息環境: 山地林縁のスミレ)
クモガタヒョウモン(生息環境: 山地林縁のスミレ)
ウラナミジャノメ(生息環境: 湿度の高い草原)
フタスジギンエダシャク(生息環境: 野焼き草原)
ギンツバメ(生息環境: 林縁?草原)
ダイセンセダカモクメ(生息環境: 野焼き草原)
ヒコサンコアカヨトウ(生息環境: 草原)
キュウシュウマエアカシロヨトウ(生息環境: 不明)
福岡県RDB 準絶滅危惧
ハルゼミ(生息環境: クロマツ林・アカマツ林)
ミズカマキリ(生息環境: 無農薬止水)
マイマイカブリ(生息環境: 林縁の草地)
セアカオサムシ(生息環境: 草原)
ツツガタメクラチビゴミムシ(生息環境: 湿った地下浅層)
クロモンヒラナガゴミムシ(生息環境: カヤ・ススキ草原)
キイロコガシラミズムシ(生息環境: 無農薬止水)
ケシゲンゴロウ(生息環境: 無農薬止水)
イチハシチビサビキコリ(生息環境: 明るい低地林)
ナガサキアオジョウカイモドキ(生息環境: 低茎草原)
クスベニカミキリ(生息環境: クス・タブ林)
ヒメビロウドカミキリ(生息環境: 低茎草原)
ナガカツオゾウムシ(生息環境: 荒れ地のアキノノゲシ)
ヤマトスジグロシロチョウ(生息環境: 湿った樹林)
ミズイロオナガシジミ(生息環境: クヌギ林)
メスグロヒョウモン(生息環境: 低山地林縁のスミレ)
ウラギンヒョウモン(生息環境: 低山地林縁のスミレ)
ヒオドシチョウ(生息環境: 湿った山地樹林)
ジャノメチョウ(生息環境: 高茎草原)
カバイロシャチホコ(生息環境: 草原)
トラサンドクガ(生息環境: 草原)
フサクビヨトウ(生息環境: 草原)
ヨモギキリガ(生息環境: 草原)
ギンモンセダカモクメ(生息環境: 草原)
キスジウスキヨトウ(生息環境: 湿地?湿った草原)
テンスジウスキヨトウ(生息環境: 湿地?湿った草原)
アオバセダカヨトウ(生息環境: 不明)
コシロシタバ(生息環境: 樹林)
福岡県RDB 情報不足
カワムラヨコバイ(生息環境: 草原)
ヒコサンオオズナガゴミムシ(生息環境: 湿った地下浅層)
オオアオホソゴミムシ(生息環境: 野焼き草原)
サザナミノメイガ(生息環境: 不明)
アサマキシタバ(生息環境: 山地樹林)
環境省RL 準絶滅危惧
ベニイトトンボ(生息環境: 無農薬止水)
スジヒラタガムシ(生息環境: 無農薬止水)
フジジガバチ(生息環境: 野焼き草原の裸地)
環境省RL 情報不足
ヤマトアシナガバチ(生息環境: 里山)
2021年秋にこの報告を作成している最中に、伊藤君より「当然、メクラチビゴミムシも調査されたのですよね」との話がありました。
「イヤイヤ、洞窟調査は普通の虫屋にはハードルが高くて・・・」と、言葉を濁していました。
しかし、年明け頃には考え直して、2022年度は洞窟調査もやることにして、伊藤君に調査協力者をお願いし快諾いただきました。
委員会でも伊藤君の調査協力者就任が了承されました。
平尾台の洞窟の昆虫としては、伊藤君に教えて貰ったところでは以下の種が記録されているようです。
ホラアナナガコムシの一種(未同定) こむそう穴
マダラカマドウマ 青龍洞
フトカマドウマ 青龍洞、千仏洞、芳ヶ谷第一洞
ツツガタメクラチビゴミムシ 千仏洞、目白洞
ホソヨツメハネカクシ 千仏洞
このうち、原始的なホラアナナガコムシの一種は未同定で種が確定されていないようです。
また、ホソヨツメハネカクシは本来は流水性の種で、通常は渓流中の石などにひっかかった落ち葉の中で見られ、洞窟性の種というわけではなさそうです。
カマドウマ類も洞窟内だけではなく、林内の石の下などにも住んでいます。
唯一、ツツガタメクラチビゴミムシは洞窟のみならず地下浅層で生活していると思われます。
1969年の新種記載以降殆ど記録の無い種で、福岡県RDBの準絶滅危惧に指定されています。
50年以上再発見されていないので、是非、再確認したい種の1つです。
(ツツガタメクラチビゴミムシ Stygiotrechus unidentatus S. Ueno, 1969、左: 原記載付図、右: 原色日本甲虫図鑑II第16図版より改変引用)
他にも、洞窟性の昆虫はまだ何種か生息しているはずです。
昨年1♂が発見された(仮称)ヒラオダイオオズナガゴミムシも地下浅層で生活しているはずで、あるいは、洞窟内も生活の場として利用しているかもしれません。
と言うことで、今年は2021年度の成果をベースにして、3月から、さらなる調査を開始しました。
手始めに、平尾台自然観察センターとケイビングの救助委員会に洞窟調査の計画書を提出して、洞窟調査の下見に出かけることにしました。
潜って調査が出来そうな、洞窟を見つけることから始める必要があります。
伊藤君の下調べによると、平尾台の洞窟は100個ほども知られているそうで、その大体の位置が図面に落としてあります。
3年ほどケイビングをやっているという伊藤君から、ケイビングに必要な装備(ヘルメットやヘッドランプ、長靴と濡れても良いレインコートなど)を教わり、準備しました。
その上で、「本格的なケイビングは未経験者や老人には無理」と脅かされ、本格的な洞窟は経験者の伊藤君・古閑(こが)君にまかせることにしました。
3月5日、平尾台に上がって直ぐの駐車場に、國分、和田、伊藤、古閑、私の5名が集合してから、まず、素人でも入れそうな、「塩坪の穴」に入ってみることにしました。
(塩坪の穴など、この日探索した洞窟の位置)
このちょうど1週間前に、平尾台では野焼きが行われたばかりで、ススキの焼け残りが立っており、地表は炭で黒々としています。その中、穴の入り口を探します。
ケイビングはまず、この入り口の穴探しが大変なようです。
(塩坪の穴付近)
伊藤君と古閑君がGPSを確認しながらしばらく探した結果、見つかった入り口はすぐ道路脇で、古くからの祠(産須根の祠)が祭られた場所でした。
名前からすると、穴を女性器に見立てた子供を授かりたい人のための神様なのでしょう。
(産須根の祠の看板)
写真の左下側に降りていくと、屹立した2つの大岩の間に祠が見えました。
(祠・穴の入り口)
ここから右手に降りていきます。
(塩坪の穴)
ヘッドランプを取り付けたヘルメットを被って、頭を屈めて狭い穴を通り抜けると、中はまた広くなっています。ここで皆で記念写真を撮りました。
(塩坪の穴での記念写真、左から、伊藤、古閑、國分、和田)
薄暗いものの、いくらか光が入っており、岩の割れ目の一部から、木立越しに少し空が見えました。
風も入ってくるようで、片方の斜面には落ち葉が積もっていました。
伊藤君によると、虫のいる洞窟は、湿度があり湿っていて、冬でも夏でもほぼ一定の温度を保っている洞窟だそうです。
この洞窟は下に水が流れているので、湿気はあるものの、外気とほぼ同じ温度で、風通しが良すぎるそうです。
穴の岩肌にはカマドウマの一種が2個体ほど這っていたので、撮影後に採集しました。
後日、同定していただく予定です。
(カマドウマの一種)
この広場から先は、穴が急に狭くなっており、伊藤、古閑両君が潜ってみましたが、しばらくして、「すぐに狭くなり、少ししか進めなかった」と言って戻ってきました。
洞窟性の昆虫がいそうな穴ではなさそうとの判断でした。
それでも、私には、そうそう潜れる穴はなさそうなので、帰り際にダメ元で、隙間にオスバン水を入れたピットフォールトラップを設置しました。
(塩坪の穴のピットフォールトラップ→白く見える)
このピットフォールトラップは、3月16日と4月5日に回収しましたが、今のところ、カマドウマの一種とヤスデの一種しか入っていません。
次に、水取の穴です。
千仏洞の方へ少し走った道路際から、右手の丘の上辺りにありそうです。
車道から斜面を登っていくと、焦げたススキの炭がズボンをこすって、黒い線があちこちに付きます。
(水取の穴付近)
同様にGPS頼りに探して、結局入り口が見つかりました。
(水取の穴入り口)
写真下側の中央付近の暗いところが入り口です。この穴の入り口はごく狭くて、大人の肩がようやく入るくらいの広さしかありません。
伊藤君はガッチリ肩で無理と思ったのか、やせ形の古閑君が潜って探索することになりました。腹ばいになって匍匐前進です。
私は閉所恐怖症まではいきませんが、そんな狭さに潜ることを想像し、途中で詰まった時のことを考えると、とても怖くて無理です。
古閑君は30分ほどは戻ってこず、伊藤君の呼びかけにも返事がありませんでした。
このまま戻ってこない時の為に、前もってケイビングの救助委員会に洞窟調査の計画書を提出するのだ、と納得しました。
古閑君が出てきたときはホッとしました。中はやはり狭くて自由には動けなかったそうで、キセルガイをいくつか見たくらいで、余り良くなかったそうです。
次に、見晴台第2洞も探しましたが、結局この穴は縦穴だったらしく、探索せずに終了しました。
この後、二手に分かれて、今坂・國分・和田組は、林縁や草地を探索し、トラップを設置しました。
伊藤・古閑組は、この後からが本格的なケイビングで、広谷の穴、芳ヶ谷第一洞、光水鍾乳洞の3洞窟を探索し、3時半頃に「終了しました」との連絡を受けました。
1つの穴だけ夏季にもう一度探索してみたいと思ったそうですが、残りのうち、1つは不合格で、もう一つは入れなかったそうです。
その後、伊藤・古閑組は3月19日にも、光水鍾乳洞と雷神洞の調査を行ったそうですが、やはり、虫の気配はなかったそうです。
洞窟調査は思った以上に大変そうですが、彼らはまだ続けるようです。
私も塩坪の穴のピットフォールトラップだけは継続しています。