嘉瀬川ダムの6回目、今回が最終回です。
(調査地点)
今回は残りの下1のダム下流と、そして、全体のまとめです。
- 下1(佐賀市富士町大字古湯、標高216m)
嘉瀬川の本川の下流部。本来調査場所にしていたダム直下は工事で立ち入りできなかったので、2km下流側にずらして、古湯の貝野川合流部で調査を行いました。建設前の図面にはこの位置は入っていませんので、現在の航空写真のみ掲載します。
(下1の現在の写真: 赤円内が概略調査範囲)
(2011年8月: 下流側)
(2011年10月: 下流側水辺)
(2012年5月: 下流側)
(2012年10月: 上流側)
(2011年10月: ヨモギ葉上のヨモギハムシ ペア)
下1では任意採集として、2009年5月5, 9日、2010年4月30日、10月1日、2011年5月6日、8月28日、10月23日、2012年5月25日、8月26日、10月30日の9回です。ピットフォールトラップを2009年5月2-3日と2011年5月4-5日の2回実施しています。ライトトラップは実施していません。
下1では4年間の調査で113種が確認できました。
年度ごとでは、2009年(39種)、2010年(24種)、2011年(59種)、2012年(37種)です。
このうち、以下の10種は佐賀県から記録の無い種で、佐賀県初記録になります。
ウスイロツヤヒラタガムシ、ヒメシジミガムシ、ユミセミゾハネカクシ、ホソフタホシメダカハネカクシ、ヒメクビボソハネカクシ、ウエダニンフジョウカイ、ツユキクロホソジョウカイ、ベニオビジョウカイモドキ、アカボシチビヒメハナムシ、クサイチゴトビハムシ。
このうち、ウスイロツヤヒラタガムシとヒメシジミガムシは中流から下流部の緩流岸辺の砂礫の中から見つかる種です。
(ウスイロツヤヒラタガムシ)
上流部で見つかるツヤヒラタガムシよりはかなり淡い色彩で、珍しい種です。
(ベニオビジョウカイモドキ)
本種は瑠璃色地の上翅に鮮やかな赤帯を持つ美しい種です。海浜で見られるルリキオビジョウカイモドキにやや似ていますが、後者は帯が黄色で、足も黄色、本種の足は黒色です。
砂礫河川敷に生えたツルヨシの、まばらに生えた勢いの良くない株で見られ、元気なツルヨシ群落では見られません。多分、弱ったツルヨシに付くアブラムシかウンカの幼生を捕食するものと想像されます。この生態を知った上で狙うと結構大・中河川では見つけることができますが、普通に元気なヨシを掬っても見つかりません。
また、ユミセミゾハネカクシ、ホソフタホシメダカハネカクシは河川の水辺、アカボシチビヒメハナムシはツルヨシ葉上、クサイチゴトビハムシはミゾソバに多い種です。
さらに、以下の15種は、脊振山系から記録の無かった種で、脊振山系初記録となります。
ナミフタホシメダカハネカクシ、ヨツキボシコメツキ、キイロニンフジョウカイ、キムネヒメコメツキモドキ、セグロクロヒメハナノミ、ケオビアリモドキ、アズキマメゾウムシ、ヒメコブハムシ、ドウガネサルハムシ、コガタルリハムシ、ヨモギトビハムシ、ニセチビヒョウタンゾウムシ、マダラヒメゾウムシ、ダイコンサルゾウムシ。
(ヨツキボシコメツキ)
林縁の花上から見つかりますが、余り多くありません。
その他の種は草地の虫です。
その他、以下の7種は下1のみで見つかっています。
オオアオミズギワゴミムシ、キアシルリミズギワゴミムシ、クロクシコメツキ、クロコハナコメツキの4種は中流以下の河川敷で見つかる種で、チビカサハラハムシはシイ葉上で、ヘリグロリンゴカミキリは草地で、セモンジンガサハムシはサクラなどの樹葉上で見られる種です。
また、下1で確認された特徴的な種としては、砂礫の河川敷に生息するカワチマルクビゴミムシ、オオマルクビゴミムシ、キアシマルガタゴミムシの3種があり、共に湖2と本地点のみで確認されています。
(左から、カワチマルクビゴミムシ、オオマルクビゴミムシ、キアシマルガタゴミムシ)
2012年以降、湖2は水没し、下1はダムの放水などで、河川敷の様子は変化しているので、これらの種の生息は厳しくなっている可能性があります。
下1で確認された113種について、生態的に依存する環境を見てみますと、下1では、広葉樹林19と4/5、針葉樹林1と1/2、草地20と5/7、裸地1と2/3、河川43と5/7、湿地13と4/5、耕作地11と4/5と集計されました。
これを総出現数113で割ると、生態要素としては、広葉樹林17.52%、針葉樹林1.33%、草地18.33%、裸地1.47%、河川38.69%、湿地12.21%、耕作地10.44%になります。
地点の中で、最も河川の比率の高かった湖2より、さらに河川の比率が高い(1.3倍)ようです。その分広葉樹林の比率が少なく、その他の環境の比率はほぼ同じです。
これは、採集したのがほとんど河川敷内であることと、周囲は集落・学校などで、他の要素が入りにくい立地にあると思います。ライトトラップを実施していないので、よけいに、周囲から飛来した別要素も加わっていないのでしょう。
結果として、写真に写っている河川と河川敷、ヨシ原、草地にいるものだけが得られた結果と思われます。
依存環境限定種について見ていくと、出現種113種のうちの半数に満たない、54種でした。
そこから算出した比率は、23.15%、2.78%、12.04%、0.93%、50.93%、7.41%、2.78%となりました。
依存環境限定種ではさらに河川種が5割にも増加しました。
それでは、依存環境限定種で同様に計算して年度ごとの比率を出してみましょう。
2009年度は19.23%、0.00%、15.38%、3.85%、50.00%、11.54%、0.00%
2010年度は19.23%、0.00%、11.54%、0.00%、65.38%、3.85%、0.00%
2011年度は22.41%、0.00%、12.07%、0.00%、56.90%、3.45%、5.17%
2012年度は18.18%、13.64%、18.18%、0.00%、36.36%、13.64%、0.00%
2011年までは比較的、同じ傾向のようです。それが、2012年は河川の比率が6割程度に減少し、湿地と針葉樹が急増しています。
多分、湛水とその一部の放水によって、河川敷の様子が変化した物と思われます。
- まとめ
6回に渡って、嘉瀬川ダムが完成間近の2009年から2012年に、ダム予定地とその周辺の11地点で行った甲虫調査について述べてきました。
嘉瀬川ダムから4年間で684種の甲虫が確認できました。
2009年に419種、2010年に208種、2011年に437種、2012年に299種です。
このうち、従来、九州から記録の無かった種はザウテルナガメダカハネカクシ、カクムネスジナガハネカクシ、トウヨウイクビハネカクシの3種です。
また、以下の65種は佐賀県初記録になります。
ヒメセボシヒラタゴミムシ、イグチマルガタゴミムシ、ウスイロツヤヒラタガムシ、ヒメシジミガムシ、ミユキシジミガムシ、カスガヒメミズギワヨツメハネカクシ、シワバネセスジハネカクシ、セスジハネカクシの一種、アカセスジハネカクシ、ユミセミゾハネカクシ、ホソフタホシメダカハネカクシ、アシマダラカワベメダカハネカクシ、コクロメダカハネカクシ、ツヤマルクビメダカハネカクシ、フタホシシリグロハネカクシ、ヒメシリグロハネカクシ、オオマルズハネカクシの近似種、ナガハネカクシ、キアシコガシラナガハネカクシ、ヨコモントガリハネカクシ、ヒメクビボソハネカクシ、キバネヨツミゾナガハネカクシ、ホソチビツヤムネハネカクシ、ルイスツヤムネハネカクシ、チャイロチビマルハナノミ、ウスチャチビマルハナノミ、ヒメマルハナノミ、ニホンサシゲマルトゲムシ、リュウキュウダエンチビドロムシ、ヒメアサギナガタマムシ、ヒシベニボタル、ウエダニンフジョウカイ、ミヤマクビアカジョウカイ、ツユキクロホソジョウカイ、ベニオビジョウカイモドキ、トゲアシチビケシキスイ、ヒゲナガチビケシキスイ、コヨツボシケシキスイ、ガマキスイ、ナガマルキスイ、ヒメカクスナゴミムシダマシ、ヒコサンヨツコブゴミムシダマシ、セマルヨツメハネカクシ、クロバハラグリハムシ、キアシツブノミハムシ、クロテントウノミハムシ、クサイチゴトビハムシ、イヌノフグリトビハムシ、ナスナガスネトビハムシ、アサトビハムシ、ヌカキビタマノミハムシ、ウシズラヒゲナガゾウムシ、アカアシホソクチゾウムシ、アカクチホソクチゾウムシ、モンチビゾウムシ、オナガカツオゾウムシ、アカイネゾウモドキ、オオミズゾウムシ、カナムグラヒメゾウムシ、ワルトンクチブトサルゾウムシ、コブナシクチブトサルゾウムシ、タデトゲサルゾウムシ、ミズキトゲムネサルゾウムシ、フタキボシゾウムシ、マツアラハダクチカクシゾウムシ。
背振山系から初めて記録された種もナガサキクビナガゴミムシ、キイロコガシラミズムシなど137種が確認されました。これらについては、各地点で述べましたので、ここでは割愛します。
初めて記録した種としては、同定の難しいハネカクシ、ジョウカイボン、小型のハムシ、ゾウムシなどが多く含まれます。このことは最近、微小甲虫についても分類が進歩して、かなり多くの種が新たに同定可能になり、記録することが可能になったことが上げられます。
それより、今回の調査の特徴としては、湿地、河川に生息する種が多く発見されたことです。背振山系は佐賀県内に留まらず、九州各県の中でも、水生甲虫が豊富な地域の1つと言えると思います。九州で唯一見つかっているエゾコガムシ、数カ所の記録しかないカタキンイロジョウカイ、ナガカツオゾウムシなどがその代表でしょう。湿地性としては、ヒメセボシヒラタゴミムシ、キイロコガシラミズムシ、クロゲンゴロウ、ミユキシジミガムシ、ガムシ、ミヤマクビアカジョウカイなども重要です。
砂地の河川敷に生息するアイヌハンミョウ、オオマルクビゴミムシ、イグチマルガタゴミムシ、ヒメカクスナゴミムシダマシ、河川岸辺の水中にいるウスイロツヤヒラタガムシ、河川敷のツルヨシで見つかるベニオビジョウカイモドキ、ヤナギにいるフタキボシゾウムシなども、河川の状況次第で姿を消します。現在も生息しているかどうか心配です。
さて、今回は、通常の採集による確認種の構成の変化から、環境変化が読み取れるかどうかということを試して、各地点ごとの4年間の経緯を見てきました。その結果、地点ごとの変化は、ほぼ読み取れると言うことが明らかになりました。
それでは、嘉瀬川ダム全域ではどうかということも見てみましょう。
嘉瀬川ダムで確認された684種について、生態的に依存する環境を見てみますと、広葉樹林287と2/3、針葉樹林19と5/6、草地91と3/8、裸地7と1/2、河川141、湿地78、耕作地58と5/9と集計されました。
これを総出現数684で割ると、生態要素としては、広葉樹林42.05%、針葉樹林2.90%、草地13.36%、裸地1.09%、河川20.62%、湿地11.41%、耕作地8.56%になります。やはり、全体としては概略、広葉樹林4割、河川2割、草地・湿地・耕作地が1割となり、目に見える風景としては、スギ植林地の比率がかなり少ない以外は、概略合っています。
スギ植林地に関しては、本来この地に存在した植生ではない点から、これに依存する種がごく少ない為に、見た目の面積に比例する甲虫の構成比は得られません。都市部等と同じく、甲虫にとっては、ほぼ存在しないことと同義と考えられます。
年度変化を見てみると、
2009年度は33.92%、2.67%、14.83%、1.26%、23.64%、13.14%、10.54%
2010年度は34.03%、0.89%、18.57%、0.81%、25.89%、10.27%、9.55%
2011年度は36.63%、2.36%、14.90%、1.11%、22.85%、13.07%、9.07%
2012年度は42.10%、1.80%、16.01%、1.15%、20.16%、10.71%、8.07%
広葉樹林と草地が微増し、河川・湿地。耕作地が微減していますが、全体としては、ほとんど変化がないことになりそうです。
念のため、依存環境限定種について見ていくと、出現種684種のうちの2/3に当たる452種でした。
そこから算出した比率は、57.96% 3.87% 8.63% 0.22% 16.70% 8.30% 4.31%となりました。
依存環境限定種ではさらに河川種が5割にも増加しました。
それでは、依存環境限定種で同様に計算して年度ごとの比率を出してみましょう。
2009年度は49.00%、4.18%、9.56%、0.40%、20.72%、10.36%、5.78%
2010年度は50.00%、1.24%、13.64%、0.41%、23.97%、6.20%、4.55%
2011年度は53.83%、3.07%、9.20%、0.19%、19.54%、10.34%、3.83%
2012年度は61.36%、2.84%、11.08%、0.57%、14.49%、6.82%、2.84%
やはり、確認種全体よりは、こちらの方が幾分なりとも環境変化を反映しているようで、河川要素は徐々に減少し、広葉樹林要素が増加していることが見て取れます。
ところで、嘉瀬川ダムが完成してから、はや、10年が経ちます。
2021年5月26日に思い立って現状を見に出かけてきました。
湖1はほとんど変化がありません。
(上流側)
(下流側)
(上流側砂地の河川敷)
湖2は完全にダムの底です。
(銀河大橋から湖2地点方向)
入1は半分は水没し、残りは公園(広場)になっていました。
(草地の公園)
(公園より下流側)
(水際)
(栗並川)
入2は大部分がゴルフ場です。
(湿地があったあたりはゴルフ場の駐車場)
(大串川)
(大串川のダム湖流入部)
入3も水没が大部分で、一部はゴルフ場。
(浦川は周囲の谷を含めて水没)
入4は変化なし。
(上流側)
(下流側)
周1は変化なし。
(ダム湖流入部)
(境谷入り口)
周2は変化なし。
(林道沿い1)
(林道沿い2)
他1は、調査地時とは大分変わっていますが、水鳥用と思える池と、少し伸びすぎの水生植物が繁茂した湿地が維持管理されているようです。
(湿地上部)
(湿地)
(繁茂した水生植物)
(水鳥?用の池)
(湿地全形)
他2は変化なし。
(下流側)
(上流側)
下1は見た目の変化は殆どありませんが、放水等で砂は流され、河川敷は礫河原で、一面、ツルヨシに覆われていました。
(上流側)
(下流側)
と言うことで、今、同様の調査をしたとしたら、特に、湿地、河川、草地に生息する種については、再発見できない種がかなりの数に上る物と想像されます。
再調査は必要と考えられます。(完)