森本 桂先生の思い出

森本 桂先生の思い出

松田 潔

先日、今坂正一さんから森本 桂先生の訃報のメールが入り、暗澹たる気持ちになりました。

メールに添付されたホームページには今坂さんの追悼文が掲載され、先生が2018年に脳梗塞を発症されたことや、闘病生活をされながらも大学でゾウムシの研究を続けられていたことを知りました。

私は専門が異なるので、森本先生から甲虫の分類について直接ご指導いただいたことはありませんが、これまで、タイのヒゲナガゾウムシや西表島のミツギリゾウムシの同定などでお世話になったことがあります。
そのときのことを思い出しながらこの追悼文を書かせていただきます。

私が先生に初めてお会いし、歓談させていただいたのは、2014年、岡山県倉敷市で開催された日本甲虫学会の大会の席でした。

森本先生はご高齢でしたがお元気で、私は先生とは初対面にもかかわらずタイのヒゲナガゾウムシの同定をお願いしました。

これは、当時、客員研究員として在籍していた大阪府立大学昆虫学研究室にタイのカセサート大学から留学生としてメイガの研究に来られていたスナダさん(女性研究者)からの同定依頼でした。

私は前年、同大学で広渡俊哉先生(現在九州大学教授)にご指導いただき「日本産ベニボタル科の分類学的研究」というタイトルで学位論文をまとめて博士号を取得しましたが、ヒゲナガゾウムシは畑違いで同定依頼をされたものの、自分ではこの種を調べることができずに困り果てていました。

ゾウムシの専門家の方に問い合わせを行い、手紙を書いて同定依頼もしましたが、返事をいただけず、思い余って大会の席で森本先生にお願いしたのです。

(タイのヒゲナガゾウムシ:上 ♂;下 ♀)

スナダさんの話では、このヒゲナガゾウムシはサラクヤシ(Salacca)の果実の害虫で、これまでオーストラリアや欧米の研究者に同定依頼をしたが、分からないという回答ばかりが返ってきたとのことでした。

先生の許可を得て4頭の標本をご自宅に送付させていただいたところ、1週間も待たずに同定結果と種の同定ラベルのついた2頭の標本を受け取らせていただきました。

「本種は Cedocus lynceus Jordan, 1911、スマトラをタイプ産地とし、マレー半島のFraser’s Hillからも記録があります。」とのことでした。

スナダさんにもメイガ研究の指導をされていた客員研究員の吉安裕先生(京都府立大学名誉教授)にも感謝していただいたのを昨日のことのように覚えています。

このヒゲナガゾウムシのペアの標本はタイの研究機関で大切に保管され、果樹害虫の防除や駆除に利用されているものと推察します。ご自分の研究がお忙しい中、私の無理な申し出に即座に対応していただき、ご丁寧なお返事をいただいたことを今も有難く思っています。

西表島のミツギリゾウムシは、同島在住で甲虫の調査をされている庄山守さんが灯火採集で得られた正体不明の雌でした。

これは、2015年、八重山にベニボタルの調査に出かけたとき、現地でお世話になった庄山さんから森本先生に同定していただきたいと託された標本でした。

帰宅後、先生にこのミツギリゾウを送らせていただきましたが、これまた直ぐに同定結果を記したお手紙をいただきました。内容の一部をそのまま紹介させていただきます。

「大珍品のミツギリゾウをお送りくださり、有難うございます。この種は非常に少なく、手許には♂が1頭あるだけで、他は採集者の強い希望で返してしまいました。今回の♀は、恐らくアカオニミツギリゾウと思われます。九大総合博物館に所蔵し、現在予定している日本産ミツギリの追加記事に分布を入れたいと思います。」

このようなお返事をいただき、お役に立ててよかったと思いました。森本先生からはその後も何度かお手紙をいただきましたが、自治会の会長で多忙な中、大学に通われてゾウムシの研究を続けられていることや、「日本の昆虫」ゾウムシ科の3冊目を執筆されていることなど詳細に伝えてくださいました。

2015年6月20日付けの手紙の終わりには、「現在 The Insects of Japan, Cossoninae キクイゾウ亜科の執筆中で、53既知種が160種ほどに増えます。来年末の完成を目指して頑張っているところです。今回の対馬旅行でも、1種増えました。お互いに元気で頑張りましょう。森本 桂」と書かれていました。

私にも学位論文をぜひ出版するようにとの励ましのお言葉をいただいたことがあります。
まだ、この約束を果たさないでいますが、先生からの激励の言葉を糧に精進したいと考えています。

先生のご冥福をお祈りいたします。 合掌