越智さんの採集記の4回目、最終回です。
1回目
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=176
2回目
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=177
3回目
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=178
も併せてご覧下さい。
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石鎚山周辺のハナムグリハネカクシ類採集記 Part. 4
越智恒夫
<5月14日 −今シーズンの採り納め−石鎚山と岩黒山のハナムグリハネカクシ>
今回は石鎚山と岩黒山でのハナムグリハネカクシ採集について紹介したいと思います。
今まで3回の採集で行けなかった標高1500m以上の場所を調べてみようと思い、石鎚山の1500m以上を目指すことにしました。
今日は歩く距離が長くなりそうなので、早朝に起床しました。
外に出てみると、晴れて天気も良く、気温もかなり上がりそうな様子でした。
7時に家を出ていつものコースを順調に走り、関門のスカイライン入り口に8時30分に到着しました。
そのまますぐにスカイラインに入り、土小屋には9時に到着しました。
朝早くからの登山客で駐車場は一杯で止める場所がありません。
しようがないので少し下った国民宿舎下の駐車場に車を止めました。
早速身支度を整えてから石鎚山への登山道に向かいました。
土小屋から石鎚山頂までは約4.5kmあり、普通に歩けば2時間30分ほどで着きます。
歩き初めてすぐにミツバツツジ類を見つけ、早速ネットで掬って25頭ばかり採集することが出来ました。
今坂さんからのご教示ではなんとこの1本の花から6種ものハナムグリハネカクシが認められたとのことでした
(土小屋から石鎚山山頂への登山道1520m地点でのハナムグリハネカクシ類)。
(左上からエヒメ6♂3♀、その下はキイロ2♂3♀、
右側のやや黒くて大きいのは待望のクロムクゲ3♂1♀、
その右がシコクルイス1♂2♀、
右下は、こちらもやっと♂が採れたハラグロ1♂2♀、
それから右上の小さくて黒い1♂、これは当初、腿節が黒く、クロハナムグリハネカクシと思ったのですが、♂交尾器を見ると全然違っていました。
石鎚山系8種目になりますが、(仮称)ツチゴヤハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 8ということにします。以上今坂所見)
(ツチゴヤハナムグリハネカクシ♂、左:背面、右:腹面)
その後も花を探しながらゆっくり登っていきましたが、これといった花もなく、1600m地点付近で白い花が咲いているのを見つけ掬ってみました。
この花は現場では名前が分からなかったのですが、後で調べてみるとコバノトネリコでした。
甲虫類は何となく分かりますが、植物には全く疎く、今後の勉強課題です。
ここでは5,6頭のハナムグリハネカクシ類が得られましたが、花がある程度大きく、潜り込めるようなものを好むようです。
(土小屋から石鎚山山頂への登山道1550-1650m地点でのハナムグリハネカクシ類、上の大きいのがクロムクゲ2♂1♀、下の小さいのがエヒメ1♂2♀)
それからは、花が全くなく、ただ歩くだけになりました。
1650mの第三休憩所を過ぎてルンゼ(1700m)まで登りましたが、これ以上はだめだと思い、ここから引き返すことにしました。
土小屋に戻ってきたのが14時30分頃でしたので、まだ少し早いと思い、今度は反対側の丸滝遊歩道に入ってみました。
この遊歩道は巨岩が重なり独特の景観をしていますが、道はほぼ平坦なので歩くのは楽です。
しかし、花が全くなくクマザサを叩いていて3.4頭のハナムグリハネカクシが落ちたぐらいでした。
(丸滝道1500-1570m地点でのハナムグリハネカクシ類、上の黒いのがエヒメ2♂1♀、下の黄色いのはキイロ1♂)
30分ほど歩いて、岩黒山への分岐点に着き、ここから岩黒山(1746m)に登ってみようと左折しました。
山頂までの歩行時間は20分ほどですが、標高差240mほどの急坂で少し疲れました。
山頂でしばらく休憩したあと、土小屋へ下る道を歩きながら花を探します。
すると、ものの5分も歩かないうちにアケボノツツジの咲き残りがあり、これを掬って25頭ものハナムグリハネカクシ類を採集することが出来ました。
現場ではどれも同じ種類のように見えましたが、3種が含まれていたようです。
(岩黒山1730m地点でのハナムグリハネカクシ類、大部分がキイロ13♂8♀、右側の小さいのがキュウシュウ2♂、その下の黒いのがエヒメ1♂1♀)
その後、土小屋までの間は採集できるような適当な花がなく、オオカメノキの花などで3.4頭ほど得られただけでした。
(岩黒山から土小屋1650-1600m地点でのエヒメハナムグリハネカクシ3♂)
他の甲虫類はほとんど採集できませんでしたが、途中のスウィーピングでツノブトホタルモドキが2頭とれました。
4月29日の2回目の調査の時にも面河渓のビーティングで2頭採れましたが、春早い時期に林縁を探すと得られるようです。
(今坂註:ツノブトホタルモドキは成虫越冬で、冬期アカガシの樹皮下などで越冬しているのを見ることができます。ブナ帯では早春にキスイモドキ同様に日中は飛び回り、多くの花に飛来します)
17時に土小屋に戻り、駐車場前にある岩黒山荘でソフトクリームを食べてから、家に帰りました。
今回の採集品もすべて今坂さんに送品して調べていただきましたが、前3回より1種増えて8種のハナムグリハネカクシが認められたとの返信をいただきました。
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(今坂所見)
各地点でのハナムグリハネカクシ類の種構成は上記の通りです。
土小屋から石鎚山山頂への登山道1520m地点で、6種ものハナムグリハネカクシ類が得られたことは驚くべきことです。
中でも、まず第一に、待望のクロムクゲの♂が得られたのが大きな成果です。
(クロムクゲハナムグリハネカクシ、左:♂、右:♀)
(クロムクゲハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
Part. 1で述べたように、クロムクゲハナムグリハネカクシは、背面に立った毛を密生するのでjaponicumグループに含まれます。
本種は3mmを越える大型種で、背面はほぼ黒一色、足は腿節も含めて赤褐色になる特徴的な種です。
Watanabe(1990)においてはjaponicumグループの全てが黄褐色〜褐色で、さらに、♀でも3mmを越える種は掲載されていません。
そういう意味でも、明らかに未記載種だろうと思われ、どんな♂交尾器をしているのか楽しみでした。
先に示したように、♂交尾器の中央片は中くらいの太さ、中央付近でやや広がって、その基部側が多少括れて細くなり、先端に向かってもかなり細まっています。
側片はやや細型で、中央片よりだいぶ長く、先端付近で大きく内側に曲がっています。
先端のスプーン部分は細くて長い形です。
南アルプスから知られるセンジョウハナムグリハネカクシ Eusphalerum senjoense Watanabeの♂交尾器が最も良く似ているように思われますが、この種は2.1-2.5mmと小型で、体色も赤褐色〜黄褐色の種のようで、明らかに近縁とも思えません。
クロムクゲは、今回調べた石鎚山系のハナムグリハネカクシ類の中で、最も固有の形質を持つ特徴的な種と言えると思います。
第二に、こちらもやっと♂が採れたハラグロハナムグリハネカクシ Eusphalerum solitare (Sharp)です。
(ハラグロハナムグリハネカクシ、左:♂、右:♀)
(ハラグロハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
Watanabe(1990)にも書かれているように、この種は各地で、多少♂交尾器の形に違いがあるようで、同一地域で採れたものの中にも、個体変異が見受けられます。
その意味で、今回の石鎚山山頂の個体は、多少の♂交尾器の違いはありますが、ハラグロと判断しておいてかまわないだろうと考えています。
第三に、当初、体が黒く、さらに腿節も黒く、クロハナムグリハネカクシと思っていた種ですが、♂交尾器を見ると全然違っていました。
石鎚山系8種目になり、(仮称)ツチゴヤハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 8ということにします。
比較のために、クロハナムグリハネカクシと、ツチゴヤハナムグリハネカクシの写真を並べてみましょう。
(クロハナムグリハネカクシ♂、左:背面、中:♂交尾器背面、右:♂交尾器側面)
(ツチゴヤハナムグリハネカクシ♂、左:背面、中:♂交尾器背面、右:♂交尾器側面)
♂交尾器の中央片がやや太いこと、側片先端のスプーン部分が大きく広がることから、明らかにクロとは異なっており、また、Watanabe(1990)におけるpollensグループの中にもこのような種は知られていません。
ということで、ツチゴヤハナムグリハネカクシも未記載種と考えて良いと思います。
以上、越智さんによる4回の採集記で、石鎚山系(愛媛県・高知県)より、
ハナムグリハネカクシ類、pollens グループとして
(仮称)シコクルイスハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 4
ハラグロハナムグリハネカクシ Eusphalerum solitare (Sharp)
(仮称)ツチゴヤハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 8
(仮称)イシヅチハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 7
(仮称)エヒメハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 5
の4種、
また、japonicumグループとして、
キュウシュウハナムグリハネカクシ Eusphalerum kyushuense Watanabe
キイロハナムグリハネカクシ Eusphalerum parallelum (Sharp)
(仮称)クロムクゲハナムグリハネカクシ Eusphalerum sp. 6
の3種
の計8種が確認されました。
このうち、一応、既知種と判断したものが3種、未記載種が5種と考えています。
過去に四国からは5種の記録があり、そのうち2種は採集できました。
未確認の、
シコクハナムグリハネカクシ Eusphalerum shikokuense Watanabe
クロハナムグリハネカクシ Eusphalerum pollens (Sharp)
サイゴクハナムグリヨツメハネカクシ Eusphalerum saigokuense Watanabe
のうち、シコクは確認できなかったことが明らかです。
この種は徳島県高越山産を基に記載されており、石鎚山系にはいない可能性があります。
残りのクロとサイゴクの記録については、ツチゴヤやエヒメとの誤認の可能性を捨てることができない感じがします。
九州産(今坂, 2016)と比較してみると、何と、ハラグロ、キイロ、キュウシュウの3種のみが共通で、残りの5種は四国のみの分布です。ハナムグリハネカクシ類の分化がかなり激しく、地域性が強いことが窺えます。
改めて、今年採集された石鎚山産ハナムグリハネカクシ類を、まとめて図版にしてみました。四国からあと何種見つかるか楽しみです。
また、採集日と標高別に採れた種を一覧表にしてみると以下のようになります。
表の頭の地点の番号は、以下の採集日・採集場所・標高等を表しています。
標高は低い方を下に、高い方を上に配置しています。
1.5月14日岩黒山1730m
2.5月14日岩黒山―土小屋1600-1700m
3.5月14日土小屋―石鎚山登山道1600m
4.5月14日丸滝遊歩道1500-1570m
5.5月14日土小屋―石鎚山登山道1520m
6.5月8日瓶ヶ森林道1400m
7.5月8日瓶ヶ森林道1300m
8.5月8日瓶ヶ森林道1250m
9.4月29日石鎚スカイライン1160m
10.4月22日寒風山林道(愛媛側)1140m
11.4月22日寒風山林道(高知側)1140m
12.5月8日寒風山林道(愛媛側)1120m
この表から、第一に、エヒメはどの標高でもまんべんなく分布していることが解ります。
第二に、シコクルイスとイシヅチは、1520mから下で見られることです。
ハラグロもそうですが、この種は九州ではむしろ平地〜低地が分布の中心ですから、より下方に分布の中心があるものと思われます。
第三にキュウシュウとキイロは、標高に関係なく、広い範囲に分布するような感じがします。多分、やや乾燥気味の笹原や尾根などに集中的に見られるのでしょう。
第四に、ツチゴヤとクロムクゲに関しては、まだ採集例が少なく傾向が解りません。来年、もう少し色々な場所で調査して頂きたいと思います。
最後に、今年の採集地点の概要を採集日ごとにまとめてみました。ちょっと横幅が窮屈なので2つに割りましたが、上の図の右に、下の図が来ると理解ください。
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最初は何となく調べてみようかといった軽い気持ちで始めましたが、だんだんと興味が湧いてきました。
今年は時期的に遅くからのスタートだったので4回の調査に終わりましたが、それでも8種のハナムグリハネカクシが得られ、その中には未記載種が5種もあり、愛媛県内には一体何種類いるのか、来シーズンは早春から低山地を中心にした採集調査を行ないたいと思います。
石鎚山周辺のハナムグリハネカクシ類採集記・終
<今坂正一追記>
越智さんには、ハナムグリハネカクシ類採集の合間に、ジョウカイボン科甲虫も採集して頂きました。
上記、5月14日石鎚山と岩黒山の中で以下のような種を採集されていますので、併せて紹介しておきます。
(丸滝道1500-1570mのジョウカイボン類)
左上の黒いのはクロニンフジョウカイ西日本亜種 Asiopodabrus malthinoides takizawai Takahashiの♀{分布:四国(愛媛),九州(福岡・大分・熊本・宮崎)}です。
その下のやや大きいのがオモゴニンフジョウカイ Asiopodabrus omogoensis Takahashi 1♂1♀です。この種は四国(徳島高越山・愛媛石鎚山・面河渓)の固有種です。
(オモゴニンフジョウカイ♂)
(オモゴニンフジョウカイ♂交尾器、左:腹面、中:背面、右:側面)
(訂正
当初、ヒコサンニンフジョウカイ Asiopodabrus hikosanensis Takahashiとしていましたが、見直したところ、オモゴニンフジョウカイの誤りでした。訂正しお詫びします。)
一番小さいのが、イシヅチニンフジョウカイ Asiopodabrus ishizuchiensis Takahashi 四国(愛媛石鎚山) 1♂で、この山の固有種です。
(イシヅチニンフジョウカイ♂交尾器、左:♂交尾器腹面、右:♂交尾器側面)
右側の大きくてタテスジのある種はヒメジョウカイ Lycocerus japonicus japonicus (Kiesenwetter) 本州,四国,九州,五です。
岩黒山-土小屋下りの1650-1600mでは、
ナガクロチビジョウカイ Malthodes longipygus Wittmer1♂が採れています。
本種は北海道,本州で記録されていて四国初記録です。
(ナガクロチビジョウカイ♂、左:腹部腹面、右:背面)
クロチビジョウカイ属 Malthodesは、主として♂腹部の腹板の形で区別されますが、本種は、ひしゃく型の腹板が異様に長いことで区別されます。北方系の種と考えていて、九州ではまだ未知です。
左上から、
クビアカジョウカイ Lycocerus oedemeroides (Kiesenwetter) 本州(岐阜以西),四国,九州 1♂
ヤノニンフジョウカイ Asiopodabrus lictorius (Lewis) 本州(神奈川箱根・三重美杉村・尾鷲市・京都・奈良),四国(徳島)1♀
イシヅチニンフジョウカイ1♂2♀
右上の横向きのものが、フチヘリジョウカイ Lycocerus maculielytris (Ishida) 本州,四国,九州 1♂
右端がホソニセヒメジョウカイ Lycocerus okuyugawaranus okuyugawaranus (Takahashi) 本州,四国,九州 1♀です。
以上の他にも、他日、採集されている標本を預かっていますので、然るべく記録しておきたいと考えています。