9月22日、ようやく宿題(後述)が片付き、明日以降は天気が崩れるとの予報もあって、急遽、回収と採集に黒岳に出かけることにしました。
空は天高く晴れ渡り、筑後川の河川敷や田んぼの畦道にも、真っ赤なヒガンバナの姿が見られます。
実は、黒岳のFITトラップ回収には、その後、8月23日と9月4日にも出かけました。もちろん採集も行い、8月23日はナイターハンマーリングと銘打って夜間叩いて回り、ライトFITも試みました。
しかしながら、この晩夏の2回とも、ほとんど紹介すべき種は採集できませんでした。
そしてもう一つ、9月21日に九大で開催された昆虫学会の、自然保護委員会主催のシンポジウムで、長崎県の島の甲虫相についての話をすることになっていました。
この1月程度、その準備という大きなお荷物を抱え、気持ちの上からは何やら受験生に戻ったような気分で過ごし、何となく落ち着きませんでした。
トピックをアップ出来なかったのは、そんな、頭の上に暗雲がたちこめているような気分もあったかと思います。
そうした肩の荷も下ろせて、この日はルンルン気分で出かけました。
例によって手前からFIT回収を始めましたが、FIT1はほとんど何も入っていません。
一方、FIT2にはオオセンチコガネが沢山入っていました。
この時期、新成虫が羽化してくるのでしょうか?
FIT3にはマルヒメキノコムシが沢山入っていましたが、その大部分はウエノマルヒメキノコムシ Aspidophorus uenoi 北海道,本州,四国,九州でした。
中に1個体、赤くて小さいものが混じっていて、平野(2015)により同定したところ、アカチャマルヒメキノコムシ Aspidophorus sp. 1 本州(栃木・愛知),九州(大分高崎山)でした。
赤くて小さいことの他に、上翅の点刻列が溝にならないこと、第一腹節の中央後縁にヘソのような小さな突起があることが特徴です。
(アカチャマルヒメキノコムシ、左は腹面、矢印がヘソ状突起)
平野幸彦(2015)日本産Aspidophorusマルヒメキノコムシ属について. 神奈川虫報, (185): 42-47.
大分県のマルヒメキノコムシ属には、佐々木(2015)と三宅(2015)により
サカイマルヒメキノコムシ Aspidophorus sakaii、
ウエノマルヒメキノコムシ Aspidophorus uenoi、
アカチャマルヒメキノコムシ Aspidophorus sp. 1、
デベソマルヒメキノコムシ Aspidophorus sp. 3
の4種が知られていて、そのうち本種は英彦山山系岳滅鬼山と別府高崎山から記録されています。
佐々木茂美(2015)日田地方の甲虫(2014). 二豊のむし, (53): 3-11.
三宅 武(2015)大分県のAspidophorusマルヒメキノコムシ属. 二豊のむし, (53): 23.
アカチャマルヒメキノコムシは私は勿論初めての採集で、黒岳からも初めてです。
マルヒメキノコムシの類は低地から山地まで標高に関係なくいるようですが、もう一つ、各種の分布域や生息環境が良く解りません。
さて、樹洞にかけたFIT4は、今まであまりにも、樹幹を伝って雨やゴミが入り込むので、前回FITをもう少し内側に移動しました。
しかし、結果を見ると、それでも、かなりのゴミや木くずが入っていました。
樹洞の内部は屋根があって雨は降り込まないかと考えていましたが、そうではなくて、いろんな割れ目・裂け目から、樹幹を伝ってきた雨やゴミが、むしろ、外以上に内側に流れ込むようです。
樹洞性の虫はそうした湿気や枯れ木の木くず、植物性のゴミなども利用しているのでしょう。
FIT4の中身は以下の通り。
一見、ベイトトラップの成果のようで、とてもFITの内容物とは思えません。
ずらっと並んでいるのは、ホソムネクロナガオサムシ(クロナガオサムシ九州亜種) Leptocarabus procerulus miyakei です。
この付近には、キュウシュウクロナガオサムシも混生しますが、入っていたのはホソムネの方だけでした。
さらに、九州固有種のキュウシュウホソヒラタゴミムシ Trephionus kyushuensisも入っていました。
どちらも、後翅が退化して飛べない種ですが、FITに落ち込んだ虫の腐敗臭などに惹かれて、樹洞の内面を伝って入り込んだのでしょうか?
常連のコホシメカクシゾウムシやウエノキクイサビゾウムシも入っていました。この2種はやはりこの樹洞に住み付いてますね。
(左:コホシメカクシゾウムシ、中 右:ウエノキクイサビゾウムシ)
話が飛びますが、前々回回収の8月23日には、この木の樹幹でトワダオオカを見ました。
大きなプーンと言うカの羽音がしたかと思うと、背面が金緑の巨大なカが、樹幹にスッととまりました。
「これが話に聞くトワダオオカかな」と思いながら写真を1枚だけ撮ったと思うまもなく、フッと飛び去ってしまいました。
それにしても、2cmほどもある金緑色のカというのは、実際見るまでは想像を絶する感じです。
この木のどこかに、水が溜まる部分がないかどうか探索していたのでしょうが・・・。
FITの回収が終わった段階で午前11時過ぎということで、中途半端な時間になるので、先にお昼を済ませました。
夏場は車に弁当を放置するわけにもいかないので、昼食をどのタイミングでとるか、面倒です。
そのあと、いつものようにハンマーリングに出かけます。
途中の廃屋の壁には、手のひらサイズの巨大なナメクジが這っていました。
ネットで調べてみると、ヤマナメクジと言い、九州産は本州産の亜種だそうです。
朽ち木等を崩して時々丸まった巨大なナメクジを見ますが、あれが伸びるとこうなるのでしょうか?
それから、いつもの黒丸ツブツブキノコの付いた立ち枯れを見に行きます。
(7月時点の、黒丸ツブツブキノコの付いた立ち枯れ)
この木も、今年8月末の台風で、とうとう倒れてしまいました。
遊歩道に大幅に覆い被さったようで、枝を払われ、いくつにも切り分けられています。
それでもまだ、日陰の部分のツブツブキノコには、キンヘリノミヒゲナガゾウムシとクロミジンムシダマシが多数ついています。
写真の右側のツブツブの塊がこの2種です。
ちょっと叩いてみましたが、男池周辺では目新しいものは落ちてこなかったので、立ち枯れ湿地の方に移動しました。
かなり朽ちた立ち枯れに、純白の羽織の紐の房のようなキノコが付いていました。ゆすってみましたが虫は何もいません。図鑑で調べるとヤマブシタケと言い、山伏の衣に付ける房からの連想で名前が付いているようです。
誰でも思うことは同じですね。
こちらの立ち枯れに付いている黄色いキノコは、マスタケでしょうか?
(マスタケ?)
このキノコからは、揺するとルリコガシラハネカクシやニセヤマトマルクビハネカクシ、モンキナガクチキムシ、キノコハネカクシ類も落ちてきました。
以上2つのキノコは、両方とも、幼菌であれば食べられるそうです。
立ち枯れを次々にハンマーリングしていきますが、この時期、夏前のようには落ちてきません。
虫の発生が、一部の種群を除いて概ね終わっているのもあります。
それでもなぜか、むしろ日陰の、地面近くに寝ている枯れ枝の方に虫がいました。
それも、樹皮がガザガザして割れ目や窪みの多い枝の方が良いようでした。
立ち枯れは陽当たりで乾燥が著しいのに対して、地表近くで湿気が保てる、隠れ場所の多い枯れ木が良いのでしょうね。
結局、この立ち枯れ湿地で採れた虫たちは以下の通りです。
数は多少採りましたが、種数は余り多くありません。
それでも興味深い種も見られたので、めぼしいところを紹介してみましょう。
まず、オカダユミセスジホソカタムシ Lasconotus okadai 本州(茨城・群馬・東京・神奈川・福井),九州(福岡)です。
(オカダユミセスジホソカタムシ、右上:触角、右下:前胸)
近似種とは、触角先端3節が、横に大きく広がることで区別されます。
青木(2012)の図鑑の写真と比べると、前胸の中央の溝が深くてクッキリしているので、同じかな?と思ったのですが、平野さんに写真を見ていただいたところ、「オカダユミセスジホソカタムシで良いと思います」とのことでした。同定いただいた平野さんにお礼申し上げます。
この種は九州では福岡県から知られるだけで、大分県からは初めてのようです。
青木淳一(2012)日本産ホソカタムシ類図説 ムキヒゲホソカタムシ科・コブゴミムシダマシ科. 92pp. 昆虫文献六本脚.
次に、メダカヒメヒラタホソカタムシ Microsicus oculatusです。
上記図鑑には、北海道と、岩手から鳥取までの本州の分布しか書かれていませんが、三宅・堤内(2013)は大分県佐伯市藤河内渓谷から記録しています。黒岳では初めてのようです。
三宅 武・堤内雄二(2013)県南地方で採集された甲虫. 二豊のむし, (51): 1-13.
それから、ヤクシマホソデオネスイ Europs sp. 1です。
この種は、2mm少々の微小で細長い種ですが、前にも黒岳から紹介したように思います。
しかし、それがいつのことだったか忘れてしまったので、備忘のためにまた紹介しておきます。
平野(2009)では屋久島産の1個体のみが掲載されています。
平野幸彦(2009)日本産ヒラタムシ上科図説 第1巻 ヒメキノコムシ科・ネスイムシ科・チビヒラタムシ科. 63pp. 昆虫文献 六本脚.
前回、「夏枯れ?の黒岳」で、前胸と頭が真っ赤なチビキカワムシの一種を紹介しました(写真右)。
今回採集したもの(写真左)は前胸も黒色ですが、頭が赤褐色、触角と脛節・フ節が黄褐色であること、全体のプロポーションなどがほぼ同じです。
他に該当するものが見つからないことから、今回の種と前回の胸の赤い種は同種ではないのか?という疑いを持ちました。
(不明のチビキカワムシ2種?)
1個体ずつなので、もう少し多くの個体が採れないと何とも言えないですね。
ハンマーリングで最も多く採れるのはムクゲキスイの仲間ですが、この日も、アカグロムクゲキスイ、クロアシムクゲキスイ、ケマダラムクゲキスイ、ベニモンムクゲキスイなどが採れていました。
中に全体ほとんど真っ黒な個体がいて、触角を見ると、先端節が大きく丸く拡大しています。
クロムクゲキスイ Biphyllus kasuganus 本州(奈良春日山),四国,九州(福岡・大分)です。
黒岳でも記録されていますが、滅多に採れません。
枯れ枝のハンマーリングでは、この時期、やや大型のものとしては、クチカクシゾウムシの仲間が多く見られます。そのうちの2種、左はウスモントゲトゲゾウムシ、右は前にも紹介したシロモントゲトゲゾウムシです。
特に左のウスモントゲトゲゾウムシですが、普通採れるのは薄ぼんやりした色彩のものですが、今回の個体は、前胸と上翅基部の赤錆色が目を引き、上翅中後半の淡い灰紫色との対比が渋くて綺麗です。
羽化したてなのでしょうか。
最後に、このダルマカレキゾウムシに似てズングリなゾウムシは何でしょう?
丸い体型からするとハバビロカレキゾウムシにも似ていますが、さらに太めで、斑紋もまったく異なっています。ご存じの方がありましたら、ご教示ください。
秋になり、山でも見かける虫の種類は少なくなりました。
それでも、ツボを探すと、まだまだ未知の種に巡り会えそうです。