「明日は晴れるらしいよ」
カミさんの一言で山に行くことにしました。
ようやく満開を迎えた3月末には、桜は春の嵐で即座にすっかり散ってしまい、その後は数日続いた、冷雨の菜種梅雨にうんざりしていたのでした。
4月7日、早朝に目覚めると、夜半まで雨が降っていたらしく、庭の木々は濡れていました。重く垂れ込めた曇天を仰ぎながら、「晴れじゃないやん」と言いつつ、トラップ等の回収もあるので、とりあえず出かけることにしました。
外に出ると寒く、ジャンパーを羽織り、カッパも用意します。
雨がひどくなれば、回収だけでも済ませるつもりで出かけます。
今日も、奥八女から中津江、南小国を経て阿蘇へ抜けるコースです。
福岡県側の県境・竹原峠の手前の、標高900m付近に見晴らしの良い公園があります。数年前に斜面にサクラが植樹されています。
ちょうど満開のようなので、ちょっと叩いてみることにしました。
多分、何かハナムグリハネカクシがいるはずです。
保育社の図鑑(甲虫図鑑II)では、この類はハナムグリハネカクシ Eusphalerum pollens、ルイスハナムグリハネカクシ Eusphalerum lewisi、キイロハナムグリハネカクシ Eusphalerum parallelumの3種が載っているだけですが、実際は50種余りが知られるようです。
(なお、ハネカクシ総目録では、ヨツメハネカクシ亜科の一員と言うことで、ハナムグリヨツメハネカクシという和名が使用されていますが、ちょっと長いので、ここでは、使い慣れたハナムグリハネカクシにします。)
気温9度、霧雨が花に残っていて、ビーティングするたびに滴が落ち、濡れた手がみるみるかじかんでいきます。そんな中でも、ハナムグリハネカクシ類を始めとして、虫たちは多少はいました。
採れたのは次の写真の通りです。
下段のジョウカイボンは、ウエダニンフジョウカイ Asiopodabrus uedai 本州(山口),九州(福岡・熊本)とヒメジョウカイです。
その他には、ツブノミハムシ、コマルノミハムシ、フタホシアトキリゴミムシなど。
右上の細長い微小な虫が問題のハナムグリハネカクシの仲間です。
サクラには余り多くなく、近くの植木の畑にあったドウダンツツジに結構いました。
よく見ると前胸と上翅にはビッシリと微毛が生えています。
Watanabe(1990)によると、前胸と上翅に微毛を備えるものは、E. japonicum群とされており(上記図鑑ではキイロハナムグリハネカクシ)、上翅の後縁と側縁以外にほとんど毛を備えないE. pollens群(同様に、ルイスハナムグリハネカクシやハナムグリハネカクシなど)と区別されているようです。
昨年春に、高良山や久留米市低地から紹介したハラグロハナムグリハネカクシ Eusphalerum solitareも毛が無く、後者に含められています。
(高良山産ハラグロハナムグリハネカクシ♂)
(高良山産ハラグロハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
この竹原峠のハナムグリハネカクシは、ハラグロハナムグリハネカクシより二回りほど小さく、♂は2mmに満たず、♂交尾器の形(中央片が先端まで太くて長く、側片は細くて先端の膨らみは少なく、丸い凹みも小さい)から、キュウシュウハナムグリハネカクシ Eusphalerum kyushuenseのように思えます。本種は福岡県宝満山が基産地で、英彦山の記録も有りますが、その後の記録は無いようです。
(キュウシュウハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
標本をよく確かめてみると、他に、黄色くて、一回り大きな♂がいました。
(左:別のハナムグリハネカクシ、右:キュウシュウハナムグリハネカクシ)
光りの当て方を変えてみると、背面には毛が有ります。
ということは、この種もjaponicum群です。
改めて、japonicum群としてWatanabe(1990)の付図を見渡すと、キイロハナムグリハネカクシ Eusphalerum parallelumに相当するようです。
この種は北海道,本州,四国に分布することになっていましたが、最近、九州からも記録されています。しかし、少なくとも福岡県の記録は無さそうです。
ただ、この個体は、上記図鑑の本種の写真には似ていません。図鑑のは、むしろ、キュウシュウハナムグリハネカクシの方が同じように見えます。
図鑑の発行は1985年、Watanabe(1990)の公表より前なので、あるいは、図版の種は別物かもしれません。
(キイロハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
この交尾器を見て、「ハッ」と思ったのですが、そう言えば、先日、高良山の記事を書いたとき、飛翔中をネットインした小型のハナムグリハネカクシの仲間をEusphalerum sp.(未記載種?)として紹介しましたが、あの交尾器と良く似ています。中央片は基部は太いが先端に向かって三角に細まり、短くて、側片の先端はやや太くなり、毛の生えた丸い凹みは楕円形で、やや拡大する点などです。
早春の高良山・スプレーイングとハンマーリング
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=152
高良山産は上翅に余り毛が見られなかったので、pollens群と判断し、太い中央片を持つ種を探したのですが、論文には見当たらず、未記載種?と思ったのでした。
さて、予想通り、この天候でも何とか目的のものが採れそうだと安堵したので、凍える手を、車の暖房で温めながら阿蘇へ向かいます。
中津江から南小国に抜ける国道が通行止めで、松原ダムへ迂回して杖立温泉、南小国を経由して阿蘇へ抜けます。
やまなみハイウエイは、全面、霧に覆われていました。
阿蘇の湿地にたどり着き、ピットフォールトラップの回収を始めますが、ここも気温は9度、前夜までの雨で、ピットは水浸しにあって泥だらけ、獲物はほとんど期待できません。
この後、阿蘇の小河川でのピットフォールトラップ、黒岳でのFITの回収と、本日の本来の目的である作業が続きますが、今回はトラップ回収の報告は端折って次回に回します。
小河川では、せっかくなので、ちょこっとふんどし流しを行いましたが、ツヤナガアシドロムシが1個体採れただけでした。
時間がもったいないので、パンを囓りながら、牧ノ戸峠にかかります。
標高1333m、ここは雲の上に出ているらしく、多少明るい感じはしますが、時折霧がやってきます。
気温はさらに下がって7度、それでもアセビの花が咲いているので、念のため叩いてみました。すると、ここでもキュウシュウハナムグリハネカクシが数個体見つかりました。結構どこでもいるようです。別のものが見られなかったのは残念でしたが。
次の目的地、黒岳の手前、由布市との市界あたりで昨年、コブシの花を見つけていたのを思い出して行ってみました。
コブシはちゃんと咲いていて、叩くと、キアシツブノミハムシやルリマルノミハムシ、キスイモドキに混じって、ホオノキセダカトビハムシ Lanka magnoliaeが落ちてきました。
コブシにも集まるとは知りませんでした。どちらもモクレン科ですから、それほど不思議は無いわけです。この時期、ホオノキはまだ、花も葉も芽吹いていないと思われるので、花も葉も出ているコブシに集まっていたのかもしれません。
気温は相変わらず9度、黒岳の駐車場脇には、1本だけサクラが咲いていました。
叩いてみると結構虫がいます。
成虫越冬するテントウムシ、ベニヘリテントウ、クロウリハムシ、アカタデハムシ、ツノブトホタルモドキは別にしても、ヒナルリハナカミキリやケシキスイ類など、低地同様にもう出ているのですね。
クロアオケシジョウカイモドキ Dasytes japonicusなど、低地性で、採れるのは♀ばかりと思っていましたが、この標高(約800m)で、こんな早い時期に♂がいるのは意外でした。
(クロアオケシジョウカイモドキ♂)
ケシキスイ類は、ムネアカチビケシキスイが最も多く、キバナガヒラタケシキスイ、キベリチビケシキスイも見られましたが、以下の2種は種名がよく分かりません。春先には変わったものがいるのですね。ご存じの方はご教示下さい。
(チビケシキスイの一種 Meligethes sp.)
(ヒラタケシキスイの一種 Epuraea sp.)
予想通り、サクラには、キュウシュウハナムグリハネカクシは沢山集まっていました。
交尾しているのも結構見られます。通常の甲虫一般のように、♂は♀の上に位置しています。
実際に交尾中の状態のまま採集・固定した「つがい」は、以下のように、見かけ上、馬乗り型でした。
でも、繋がっているあたりを見て下さい。♂交尾器側片はちゃんと背面側に湾曲していて、下から♀の腹版を押さえています。
中央片はその上部で♀の体内に挿入されており、中央片と側片で♀の腹節末端を挟む形になるようです。一応、交尾器で♀の腹端を保持しています。
改めて、別の標本でも確認しましたが、♂交尾器は中央片も側片も、背面側に湾曲しています。
(腹節端と♂交尾器)
ということは、かつて、ミズギワヨツメハネカクシ類の交尾型のところで論じたように、同じ、ヨツメハネカクシ亜科に含まれるハナムグリハネカクシ類の交尾も、♂交尾器の構造から推定すると逆向き型で行われるはずです。
甲虫類一般の♂交尾器の構造と交尾型については、以下のトピックを参照下さい。
日本産マドボタル属の研究(予報1)
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=75
さらに、ミズギワヨツメハネカクシ類の♂交尾器の構造と交尾型については、以下のトピックに詳しく解説しています。
バケツを使った水没採集 その7−ハネカクシの♂交尾器再考−
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=85)
ハナムグリハネカクシの交尾型は、見かけ上、馬乗り型なので、逆向き型の♂交尾器の構造とは矛盾することになります。
それをどう解釈するかですが、たぶん、逆向き型で♂交尾器を挿入した後で、♂は右か左かに180度反転して、♀の背中に乗るのだと思います。
この際、体と♂交尾器の間で捻れが生じるはずですが、それを解決するためのメカニズムとして、ほぼ球形の基片と、輸精管へと繋がる基片の開口部が、側片の基部のあたりにあること、この2つで解決しているのだろうと推測しています。
♂が挿入したまま反転した折、輸精管は180度捻れますが、伸縮性のある膜状のチューブ(管)はその程度の捻れには耐えられるのでしょう。
基片の開口部はより精巣に近い位置に移動し、折れ曲がっていた輸精管が真っ直ぐになり、かえって精子を送りやすくなるのかもしれません。
進化の過程で、♂交尾器は本来の逆向き型の構造のまま、まず、行動として、馬乗り型へ移行している途中の形と推定されます。仮に、ハナムグリハネカクシの交尾型をプロト(移行)馬乗り型と呼んでおきます。
その後、ハネカクシ亜科など進んだ群では、♂交尾器の構造自体が、背腹面が反転して♀の体内に挿入される真の馬乗り型へ進化したものと考えられます。
さて、今日もいよいよ時間切れ間近になってきました。帰りの飯田高原は相変わらず霧雨に包まれています。
最終ポイントの九酔渓へ向かいます。前にFIT設置の駐車場としてお世話になった「渓流の味たなべ」の、横の道沿いのコンロンソウの花で、ハナムグリハネカクシを多数採集した記憶があったのです。
見ると、まだコンロンソウは花を付けておらず、代わりに「たなべ」の駐車場脇にサクラが咲いていました。気温10度、標高200m程度まで下りてきて、やっと二桁です。
(「たなべ」の駐車場脇のサクラ)
叩くと、アレッ、ドウガネブイブイが落ちてきました。
ドウガネブイブイは早くても5月過ぎ、通常は夏の虫との認識で、サクラの花びらとの取り合わせは初めてです。成虫越冬でもした個体なのでしょうか?
どちらにしても、????
予想通り、サクラにもハナムグリハネカクシがいました。
しかし、よく見ると足の黒いのと赤いのがいます。
背面をみても、足の黒い方は体も黒く、足の赤い方は前胸・上翅共にやや褐色がかっているようです。
(足の色の違う2型のハナムグリハネカクシ、背面)
同じ順で、♂交尾器も図示してみます。
(♂交尾器、左:足の黒い方、右:足の赤い方)
どちらも黒く、外形は良く似ていますが、♂交尾器の形から判断して、明らかに2つは別種です。
足の黒い方は、中央片は短く側片の2/3程度の長さ。側片は細長く先端の凹みは細長い舟形。どうも、こちらが真のクロハナムグリハネカクシ(図鑑ではハナムグリハネカクシ) Eusphalerum pollens 本州,四国,九州,屋のようです。
足の赤い方は、側片とほぼ同じ長さの中央片、太くてがっしりとした側片と、その先端の凹みが楕円形になることから、サイゴクハナムグリハネカクシ Eusphalerum saigokuense 本州(広島),四国だろうと思います。本種の九州からの記録は知られていません。
後日確認したところ、かつてここのコンロンソウで採集したものは、全て、サイゴクハナムグリハネカクシだということが解りました。
九州の低山地では、クロハナムグリハネカクシは今回のような早い時期だけしか、見られないのかもしれません。
従来の、クロハナムグリハネカクシ(ハナムグリハネカクシ)の記録は、見直しが必要かもしれません。
帰りがけの駄賃として、いつも気になっていた滴り落ちる湧き水のところの、小流でふんどし流しをしてみました。
いたのは、いつもの、源流で見られるヒメツヤドロムシの一種だけでした。
思いついて、水が滴り落ちるコケと岩壁を掃いて、ヒメドロふんどしで受けてみました。
すると1個体だけですが、足の赤いナガアシドロムシが落ちてきました。
緒方・中島(2006)が示したナガアシドロムシの一種 Grouvellinus sp.のようで、彼らの解説にも、「岩盤上を水が流れ、蘚苔類が生えている場所で・・・」とあるので、まさしく、こうした場所が本種の本来の生息場所と思われます。
霧雨と低温の中、無理をして出てきた採集行でしたが、ハナムグリハネカクシ類が4種も確認できて、なかなか楽しい一日でした。
トラップの成果については、次回報告します。