1. コバネアシベセスジハネカクシ
吉野ヶ里虫の会で、矢代さんから預かった再同定標本は河川で得られたものでした。
私はそれをルイスセスジハネカクシ Anotylus lewisius (Sharp)として報告してしておいたのですが、「河川敷で得られた標本であれば、コバネアシベセスジハネカクシ Anotylus amicus (Bernhauer)ではないのか?」という指摘があったそうです。
この種については全く知識が無く、和名・学名共に、図鑑類や九大の昆虫総目録を調べてみても載って無くて、昨年出た「日本産ハネカクシ科総目録」にやっとその名前を見つけることができました。
名前だけで種の正体については皆目解らないもので、いつもハネカクシについて教えていただいている伊藤建夫さんに伺うと、
「いつ頃から増えだしたのかは解りませんが、たぶん、1990年代以降、急激にコバネアシベセスジハネカクシが増えたようです。最近ではどこへ行ってもこのコバネアシベばかりです。とくに関西の淀川等の河川敷ではそうです。大阪の箕面あたりでもコバネアシベが侵入して来ています。
一般に人為的な河川敷から増えだしたようですが、いまじゃ何処にでもいて、ルイスセスジハネカクシが少なくなっている印象です。最近では、ルイスセスジハネカクシはかなり自然林の残ったところではないと見つかりにくくなりました。」とのご返事でした。
そういう情報があるのであれば、再同定の要請があるのは当然のことです。
伊藤さんは、コバネアシベセスジハネカクシの写真を添付してくださって、
「コバネアシベセスジハネカクシはエリトラが前胸背より短いということで、だいたい区別出来ます。後翅が飛べないくらい退化していますので、エリトラが短く、肩が落ちて、だいたいペシャンコです。エリトラの長さだけでは解りにくい場合は、エリトラをめくって後翅をみれば間違いないでしょう。ルイスセスジハネカクシの上翅は前胸より長く、後翅もちゃんとあります。」と区別点を教えてくださいました。
(左:コバネアシベセスジハネカクシ♂、右:ルイスセスジハネカクシ♀)
ということで、件のルイスセスジハネカクシを見直したところ、たまたまでしょうが、ルイスセスジハネカクシで間違い有りませんでした。
気になったので、九州内で2013年度中にルイスセスジハネカクシとして報告した標本のうち、手元に残っていたものを見直したところ、全て、コバネアシベセスジハネカクシでした。
また、筑後川の中流部の大刀洗町西原, 3exs. 22. X. 2004として記録した分(今坂, 2011)も見直したところコバネアシベセスジハネカクシでした。
これらは大部分、低地の河川敷などで得られたもので、九州の低地でも、ほとんどコバネアシベセスジハネカクシに席巻されているようです。アセスメント調査関係の方は注意が必要でしょう。
同定の依頼元には、以上の新しい情報と訂正を伝えました。
手元の古い標本を見直してみますと、上記、伊藤さんに同定していただいたルイスセスジハネカクシの長崎県島原市千本木(標高300m)の1977年採集の標本が見つかりました。ここには所謂河川はなくて細い渓流がある程度、林内の落ち葉か、側溝に落ち込んでいたものを採集したと思います。採集地は1992年の雲仙普賢岳の火砕流被害に遭った所ですが、この虫を採集した谷は辛うじて林が残っています。
また、先日(3月初旬)、同じく島原半島の雲仙市国見町神代の標高100m付近にある雑木林の谷で、細流沿いの落ち葉を持ってきて抽出したところ、ルイスセスジハネカクシが2個体見つかりました。人為的影響の少ないオープンでない水辺であれば、本種もまだ生息しているのでしょう。
今後、各地の標本を採集年度と環境に気をつけながら見直してみる必要があり、時代的な変遷が見つかればそれも面白いかと思います。なお、日本産ハネカクシ科総目録ではルイスツヤセスジハネカクシ(和名改称)として掲載されています。
今坂正一(2011)久留米市高良山とその周辺の甲虫1 −未記録種と興味深い種−. KORASANA, (79): 31-48.
2. ヒメフチケマグソコガネ
年末に、大塚健之さんが久留米昆虫研究会の会誌 KORASANAに「熊本県南阿蘇村で灯火採集で得た甲虫の記録」と題する報告を寄稿されましたが、その中に、
「ヒメフチケマグソコガネ Aphodius urostigma Harold (3) 最近まで次種と混同されていた種。
フチケマグソコガネ Aphodius postpilosus Reitter (2)」
との記述が含まれていました。そう言えば、どこかで読んだような・・・と思いつつ、思い出せなかったので大塚さんに尋ねたところ、以下の文献に載っているとの答えです。
木内信(2013)同定法解説シリーズ(9) 2種のフチケマグソ:フチケマグソコガネとヒメフチケマグソコガネ. 鰓角通信, (26): 105-110.
さっそく確認してみますと、これは面倒、今まで1種と思っていたフチケマグソコガネには実は2種混じっているそうです。
おまけに、従来、フチケマグソコガネに使われていた学名は正しくはヒメフチケマグソコガネに使うべきで、フチケマグソコガネの方はAphodius postpilosus Reitterに学名を変更すべきとの報告です。
この報告では、フチケは北海道から奄美大島まで、ヒメフチケは栃木県から与那国島まで記録されているので、分布の上からはヒメフチケの方が多少暖地では優勢のような感じがします。しかし、大塚さんの報文のように、九州では2種混生していることも多いので注意が必要になります。
木内(2013)によると、2種の区別は比較的簡単で、フチケは前胸側縁に長い毛が数本ハッキリ見え、上翅側縁・尾節版にも長い毛を密生します。ヒメフチケはより小型で、前胸側縁および上翅側縁・尾節版の毛は短く少ないので目立たないようです。
(背面、左:フチケマグソコガネ、右:ヒメフチケマグソコガネ)
写真では多少見えにくいので、前の部分を拡大した写真も紹介します。
腹面の感じも多少違いますね。
(腹面、左:フチケマグソコガネ、右:ヒメフチケマグソコガネ)
長崎県島原半島で、1976-1982年に採集したものを見直してみましたら、
○フチケマグソコガネ
半島南端(口之津町早崎)〜平地(島原市長浜・白土・新山、有明町大三東)〜低山地(有家町塔の坂、島原市千本木、国見町田代原)で4〜10月に総数で105個体採集していました。
○ヒメフチケマグソコガネ
平地(島原市長浜・新山、有明町大三東)〜低山地(有家町塔の坂、島原市千本木、国見町田代原)で6〜10月に総数で21個体採集していました。
このうち、大三東、塔の坂、田代原では牛糞から直接採集したもの、その他はライトトラップでの採集です。特にライトで得られたものはフチケマグソコガネの方がかなり優勢のようですが(この点では、前記、木内, 2013もフチケの方がライトでは良く採れるとしています)、このデータからは、ヒメフチケマグソコガネが暖地でより優勢とも言えない結果が出ました。
また、あるいは、ヒメフチケマグソコガネは最近になって広がったのかとも思ったのですが、そうでもないようで、島原半島では少なくとも40年近く前には、既に両種とも分布していたようです。
両種とも、特に放牧場など無くとも、牛糞を堆肥として撒いた通常の耕作地周辺や住宅地でも得られるので、注意する必要があると思います。
3. アワツヤドロムシ
かつて、40年ほど昔、甲虫屋のバイブルの図鑑というと、北館の原色昆虫大図鑑II甲虫編でした。その75図版に本種は掲載されていますが、同属の本土産としては、アカツヤドロムシ Zaitzevia rufa Nomura et Baba 本州(新潟)が掲載されているだけです。
ということで、その当時、九州産のツヤドロムシというと本種しか思い至らず、過去には天草からアワツヤドロムシ Zaitzevia awana (Kono) 本州,四国,九州を記録しています(今坂, 1979)。
最初のコバネアシベセスジハネカクシと同時に、本種についても、矢代さん経由で再同定の要請がありました。採集された本州の河川では、最近、本種の記録がないというのがその理由です。
同定の根拠にしている保育原色日本甲虫図鑑(II)にはツヤドロムシ属 Zaitzeviaの検索表が掲載されていて、本土産だけ対象にすると、一部を省略して、以下のように理解されます。
1. 前胸背板は長さと幅が同じ、基部から1/3付近で最も幅広くなり、上翅の両側は平行なのがアカツヤドロムシとツヤドロムシ Zaitzevia nitida Nomura 本州
この2種のうち、翅端がふた山状になるのが前者で分布は新潟に限定、後者は左右の上翅が合わさって丸くなる。
2. 前胸背板は長さより幅が広くて、基部で最も幅広くなり、上翅は長卵形で先端1/3付近が最も幅広くなるのがアワツヤドロムシとミゾツヤドロムシ Zaitzevia rivalis Nomura 本州,九州
この2種のうち、上翅の第2と第3の点刻列の点刻は、基部1/3で最も大きく、前後に小さくなるものが前者、全ての点刻が大きくはっきりしてほぼ同じものが後者。
以上の基準で見ますと、依頼されたものの多くはアワツヤドロムシになりました。ただ、個体数が多かったこともあり、点刻がハッキリしたミゾツヤドロムシと思われる個体を多少見落としていたようで、さらに、両種の中間でどちらとも言えない個体も含まれていました。つまり、アワツヤドロムシが含まれていたことは確実としても、他に2種ほど含まれている可能性が有り、その点では見直す必要があったと思います。
どちらにしても、完全にはスッキリしないので、「福岡県のヒメドロムシ」の著者の一人である中島 淳さんにこれらの種の区別について伺ってみました。
中島さんのご返事によると、
「ツヤドロムシは体型が細長く、上翅の点刻が深く大きく、ピカピカに艶があるので、その点から簡単に区別できます。
(四国産のツヤドロムシ:中島さんが写真を提供)
アワツヤとミゾツヤは体型がツヤよりも丸く、楕円形に近い形をしており、点刻や艶にも変異が多くて一見すると良く似ていますが、上翅の側縁部を腹側から見たときに一律に細いのがアワツヤ、後半部が太いのがミゾツヤです。
(アワツヤドロムシ、右側は上翅側縁を腹側から写したもの)
(ミゾツヤドロムシ、右側は上翅側縁を腹側から写したもの)
その他傾向としてはミゾツヤの方が大きく、艶がなく、より下膨れ
の体型をしています。一方でアワツヤはやや小さく、艶がそこそこあり、楕円形に近い体型です。
(追記. 本トピックの掲載後、本種群についてご教示いただいた中島 淳さんより、以下のような情報をいただきました。
「ミゾツヤとアワツヤを上翅側縁部形態で区別する方法は、[福岡県のヒメドロムシ]のもう一人の著者、故・緒方 健さんから直接教えていただいた方法ですが、元はどの情報なのだろうかと今回気になり、何人かの水生甲虫の研究者に聞いてみました。
それらの話を統合すると、この区別点はどうも緒方 健さんの未発表の手法のようです。実はミゾツヤの上翅側縁部が太くなることは原記載論文に書いてあるのですが、ここを区別点として検索表を書かれた専門家はいらっしゃいませんでした。
緒方さんは日本産の各種を比較検討していく中で、この部分が識別点であり、原記載とも一致することを独自に突き止められたようです。」)
この3種は一般的に流程分布が異なっており、ミゾツヤが源流〜上流、アワツヤが中流〜下流、ツヤが下流に多い傾向があります(特にツヤは大河川下流域の開けた瀬に多い)。
また、アワツヤドロムシは伊勢湾・瀬戸内海流入河川を中心に分布しており、当該地域ではきわめて普通種で、中流域のライトトラップではまとまって採れることが多いです。
九州ではアワツヤドロムシは瀬戸内海流入河川を中心に主に北東部に分布しているのですが、その他地域ではかなり局地的です。これは過去の水系接続などが関係しているものと考えています。
また、特に福岡県の瀬戸内海流入河川は規模の小さいものが多く、本種の好む中流〜下流の瀬があまりないことが関係しているものと考えています。
なお、最近出た分子系統を調べた論文では、この3種は遺伝的には明瞭に区別できません。これらが完全に同種で環境による 形態変異とは思えないので、おそらく種分化がごく最近に 急速に起こったのではないかと個人的には考えています。」とのことです。
中島さんのご教示に従って、もう一度、再同定標本を見直してみました。
その結果、大部分はアワツヤドロムシで、一部に、ミゾツヤドロムシが含まれていることが判明しました。この2種の差については、中島さんのご教示のおかげでハッキリ区別することができました。
ただ、やはりどちらともつかない個体が、2-3含まれています。上翅側縁の腹面は細く、背面の点刻は大きく、ハッキリしている個体です。上翅側縁が細いのでミゾツヤドロムシではないことは解りますが、中島さんが指摘されているほど体型が細長く、上翅の点刻が深く大きく、ピカピカに艶があるとも言えないので、ツヤドロムシとも確信できません。中島さんによると、ツヤドロムシの上翅側縁の腹面も細いということです。
結局、現時点では、アワツヤドロムシとミゾツヤドロムシの区別はハッキリしたものの、アワツヤドロムシとツヤドロムシの区別は確信が持てる区別方法が解りません。
中島さんに伺ったところ、本土産のツヤドロムシ属3種を、きちんと同定できる資料は現段階ではないそうです。また、上記の区別法なども、ちゃんと模式標本と対応させた結果では無く、あくまでも暫定的な扱いだそうです。
九州では現在までの所ツヤドロムシは記録されておらず、緒方・中島(2006)には福岡県内のツヤドロムシ属2種の分布図があります。県内では、ミゾツヤドロムシは各河川の上流部の瀬で普通に採集されるそうです。
一方、アワツヤドロムシは中下流の瀬で採集され、前種との間に棲み分けがあると書かれています。瀬戸内海流入河川を中心に分布しているとされ、遠賀川の支流、豊前市の2河川、筑後川水系の小石原川で記録されています。
瀬戸内海流入河川を中心に分布しているという情報はかなり興味深く、ヨドシロヘリハンミョウやアリアケホソヒメアリモドキ同様、あるいは、古瀬戸内海との関わりも推察され、では、ということで手元の標本を再検討してみました。
まず、ミゾツヤドロムシですが、前記、アワツヤドロムシの天草の記録はミゾツヤドロムシの誤りでした。その他、ミゾツヤドロムシは佐賀県背振山の山頂近くの谷川で採集しており、大分県九重黒岳の渓流沿い、熊本県球磨川の中流部、鹿児島県川内川の下流域、同じく鹿児島県南薩の河辺町の小河川の中流部のライトトラップで採れていました。
また、アワツヤドロムシの方は、大分県玖珠町玖珠川、熊本県菊池市旭志の狐塚川上流域のライトトラップに飛来したものと、球磨川の中流域、川内川の下流域、河辺町の小河川の中流部ではミゾツヤドロムシと共にライトトラップに飛来したものを採集していました。
これら全ての河川は、瀬戸内海に直接流入する河川とは言いがたいので、アワツヤドロムシは九州各地の比較的規模の大きい河川には生息する可能性があるのでしょう。
2種の棲み分けがどの程度局所的か解りませんが、少なくとも同じライトに飛来可能な、100m四方程度の範囲に混生できることは確実です。アワツヤドロムシは大河川の中下流域と限定することもできないし、ミゾツヤドロムシも結構下流域まで分布することもあるようです。
ただ、佐賀・長崎両県ではアワツヤドロムシは確認できず、両県には分布しない可能性が強いようです。両県には規模の大きい河川が全くといっていいほど無いということと、九州の両県を除く東側の陸地と比較して、できた時代がよほど新しいことが関係しているような気もします。
さらに、林 成多氏のホームページには、直接瀬戸内海には注ぐことのない島根・鳥取両県の日本海側の河川でもアワツヤドロムシが分布することが紹介されているので、種子島産のヨドシロヘリハンミョウ、平戸島のアリアケホソヒメアリモドキ同様、現在の瀬戸内海流域というより、地質学的にはさらにずっと古い時代の、揚子江河口付近が九州を二分してその東側に開いていたと言う時代の古瀬戸内海流域を考えた方が良いかもしれません。
そうすると、九州西南部から瀬戸内海沿い、山陰を加えて、近畿、伊勢湾、三河湾などに注ぐ河川にアワツヤドロムシが分布する意味が理解できるのではないかと思います。
それから細かいことですが、九州産のミゾツヤドロムシは大部分の個体が背面はつや消し状になるのに対して、本州産は大部分、背面のつやは強く、一見別の種のように見えます。上翅側縁の腹面部分の広いことは共通します。
(九州産のミゾツヤドロムシ、右側は上翅側縁を腹側から写したもの)
最後に、球磨川でも、本州産のアワツヤドロムシとツヤドロムシの中間的な不明種としたものに良く似た2個体が、前2種と共にライトトラップに飛来したことも紹介しておきます。背面はツヤがあり、点刻列の点刻も強く、上翅側縁の腹面部分は狭い個体です。
(球磨川の不明種、右側は上翅側縁を腹側から写したもの)
本州産不明種がツヤドロムシであれば、球磨川産もそういうことになりますが、九州からツヤドロムシの記録がないのをどう考えるか問題です。
これがアワツヤドロムシの変異だとすると、それはそれで、納得はできるのですが。
今坂正一(1979)天草下島(天草町)で採集した甲虫. こがねむし, (34): 17-23.
緒方 健・中島 淳(2006)福岡県のヒメドロムシ. ホシザキグリーン財団研究報告, (9): 227-243.
最後になりましたが、興味深い種の検討をさせていただいた矢代 学さん、コバネアシベセスジハネカクシとルイスツヤセスジハネカクシについてご教示いただいた伊藤建夫さん、フチケマグソコガネとヒメフチケマグソコガネに関する情報をお知らせいただいた大塚健之さん、アワツヤドロムシ種群について詳細にご教示いただいた中島 淳さんに、厚くお礼申し上げます。