広島の中村さんから、日本産カミキリ食樹総目録(改訂増補版)が送られてきた。
中に、頒布用のパンフレットが付けられていて、「多くの人に紹介して欲しい」との手紙が添えられていた。
そのパンフレットの抜粋を次に示す。お問い合わせや注文は、以下に示した中村さんのところまで、直接申し込んでほしい。
506ページの大冊を開くと、全編、この半世紀あまりに集積されたカミキリムシの食樹に関する情報が満載されている。
林業関係者は元より、カミキリムシに興味を持つ全ての研究者・同好者にとっても、必携の書と言えるかもしれない。
この本の旧版は1986年に発行された。
当時の日本産カミキリムシの全てを網羅した、講談社の「日本産カミキリ大図鑑」が発行されたのが1984年であるので、その生態面、特に食樹についての情報を網羅し、この図鑑を補足したものが、このような形で出版されたわけである。
今回の改訂版は、その後25年間の情報を追加・訂正し、解説やその他の情報も加えて、使いやすいように改訂されたものである。
小島・中村両氏によるカミキリムシの幼生期と生態・食樹に関する研究は戦前から続けられてきたが、その成果をまとめて世に問われたのは、実は、それ以前の1969年まで遡る。
この年、保育社から「原色日本昆虫生態図鑑(1)カミキリ編」が出版された。
実は、筆者の虫屋人生はこの本と出会った事に始まると言っても過言ではない。
浪人中で、缶詰状態で受験勉強に明け暮れていた毎日の中、倦かず繰り返しこの本を眺め、珍奇で美しく興味深いカミキリ類を、日本中各地に追い求めることを夢見ながら、重苦しい受験生活をなんとか乗り切った。
翌春、もくろみ通り大学入学を果たした後は、息せき切ったように、これらのカミキリ類を求めて、各地に採集旅行を繰り返した。
図版には、入手できた種のナンバーに緑○印が書き込まれている。
各図版には、標本写真以外にも、興味深い生態写真が付けられており、自身もそういうものを撮りたいと思って、テクニック習得のため、大学では写真研究会に所属した。
採りたさが先に立つ虫屋の性で、生態写真の腕はたいして上達しなかったが、それでも、いまでも多くの写真を使いたがるのはその名残であろう。
解説のページの種名の上には、やはり緑字で初めて採集できた時のデータが書き込まれている。
これを見ると、ほぼ大学の4年間で北海道から沖縄まで、ざっと一巡りしている。
場所と期日を見ると、当時の様子がありありと思い出される。
その中にあって、これら全ての著者である小島さんとの出会いは、今でも良く覚えている。
1972年5月6日、カミキリ仲間の正木氏と、和歌山県御坊市のミカン山に、モンクロベニカミキリを採りに出かけた。
そこで丸坊主で風呂敷包みを抱え、あるいは、農作業に訪れた近郊の人とも思える人と出会った。
その人が当の著者と知って、気持ちの上で大きな違和感を覚えつつ、当時調べていたトゲムネミヤマカミキリの幼虫のことを話した。
小島さんは親身に話を聞いて下さって、帰宅してからも、しばしば手紙や資料をやり取りし、中村さんと3人での共著で、その年の暮れ、最初のまともな報文となる「トゲムネミヤマカミキリの幼虫と習性に関する知見」を高知昆虫研究会の会誌げんせいに発表した。
カミキリムシ研究について一番重要なことは、珍品を沢山発見することではなく、種の生態と幼生期を明らかにすること、と肝に銘じて、せっせと材採りをした。
生態図鑑の巻末には、図鑑としては珍しく幼虫による検索表と既に判明した幼虫の部分図が掲載されていた。また、今回の本の種本というべきカミキリ幼虫の食樹の一覧表が付けられていた。
付け焼き刃ながら、樹木の特徴を覚え、枯れ木を扱うことの多いカミキリ食樹の探索を通じて、樹肌や材質などで、当時は概略樹種を判別できた。
カミキリ幼虫が食い入っている材を自宅で保管して、一部の幼虫と蛹を確保しつつ、成虫を羽化させて、親子の関係や食樹も明らかにした。
その成果の一部は、随時小島さんと中村さんに報告して、共著による数編の幼虫記載へと発展した。
その後、興味の中心は、甲虫の地域ファウナや生物地理へと移って行ったが、昆虫趣味を単なる狩猟本能を満足させる行為から、自然史研究へと、質の変化を促し導いていただいたのはお二人の指導によるものと感謝している。
現在、興味の多くはハムシ類にあり、草本、中でもイネ科植物の同定には右往左往している。しかし良くしたもので、ハムシの種が解ればそこから植物の種を推定することができる。「食草はムシに聞け」というわけである。
カミキリの幼生期や食樹については、当本を読めば、日本産の概略が把握できていることが解る。しかし、その種がなぜその食樹を選ぶのか、進化の過程で、どういう筋道をたどって、その食樹にたどり着いたのかなど、ちょっと突っ込んで考えてみると、未知のことだらけである。
是非、この本はそれらの数々の謎解きをするスタートラインの種本として、利用していただきたい。