幹掃き採集 その5 梅雨の晴れ間は幹掃き採集(高良山編)

九州は、今年は6月10日前後から梅雨に入りました。梅雨になったとたん、これでもかというように切れ目無く雨が降ります。一度、6/25-27日に中休みがありましたが、その期間を除いて、連日確実に雨が降っています。近年の梅雨は、しとしと、という形容はふさわしくなく、降り出したらカミナリも伴って、バケツをひっくり返したようにはげしく降ることがシバシバです。

数日、空を見ながら採集に出かけるタイミングを伺っていましたが、午後からのちょっとした小康状態の空模様に、手軽に行ける地元の高良山(こうらさん)へ出かけてみることにしました。

高良山は標高300m程度、筑後川の左岸に30kmに渡って、壁のように連なる耳納(みのう)連山の西端に位置し、筑後平野の南部に突き出た信仰の山で、山頂付近の大部分は筑後一ノ宮の高良神社の神域となっています。昭和初期から大戦直後まで、福岡県内でも有数の有名採集地として、全国的にも名前を知られていたようです(写真)。

かつて、市内には、岐阜県の名和昆虫研究所と同様の、私設の梅野昆虫研究所があり、研究報告(写真左・右)を公表するなどの研究活動と、昆虫教育などの普及活動、昆虫商としての営業を兼ねて全国的に活動し、その点でも知られていたようです。現在も矍鑠と活動中の、久留米昆蟲研究會の荒巻事務局長の弁によると、彼は會の初代会長でもあった梅野所長と、早世された研究所所員の山内さんの弟子に当たり、会誌名KORASANA(写真下)も高良山にちなむそうです。

ともあれ、高良山は戦前までは全山うっそうとした常緑樹に被われていたそうですが、戦後伐採されて、参道周辺のシイ林を除いて、ツツジ公園や植林地、ススキ原などに改変されてしまって、現在は特に魅力的な採集地というわけではありません。

それでも、近年話題になった、冬期にネズミ類の巣穴から得られるマルマグソコガネ類は、嬉野の西田さんの調査で、西九州に分布するマルマグソコガネと、東九州のウエノマルマグソコガネの2種が共存する希有な場所のようです。

前置きが長くなりましたが、7月3日午後から、尾根沿いに立ち枯れやキノコがあったのを思い出し、幹掃き採集に出かけてみました(写真)。

東西に走る尾根道は、この時期、写真右手から南風が吹き付けて、結構多くのムシが吹き上げられて集まってきています。いつもは、乾燥してカラカラの樹幹や朽ち木も、降り続いた梅雨でしっとりと湿り、木によっては、コケやマメヅタなどでビッシリ被われ、倒木や立ち枯れにもキノコや粘菌などが見られます(写真)。どうも、この時期に限っては、渓谷沿いの好適地に限らず、乾いた山林も幹掃き採集適地に変化するようです。

尾根沿いには、シイ、タブ、ヤマモモなど、常緑樹のやや若い木が主体ですが、樹幹からは、キマワリ(九州亜種)、オオクチキムシ、クチキムシ、クシコメツキ、ヒゲナガコメツキ、メダカチビゴミムシ、アオグロヒラタゴミムシなどこの山の常連が見られました。

主役はやはり、立ち枯れと、キノコ類のついた倒木で、クロオビキノコゴミムシダマシを筆頭に、キノコに付くゴミムシダマシ類、ツヤケシヒメホソカタムシ、クロミジンムシダマシ、ヒサゴクチカクシゾウムシ、ボウサンクチカクシゾウムシ、キスジヒゲナガゾウムシなどは多数見られました。また、セミスジコブヒゲカミキリも立ち枯れに這っている姿を多く見かけました。

その他、キノコの付いた枯れ木を好むツヤヒサゴゴミムシダマシ、カツオガタナガクチキ、フタオビナガクチキ、アヤモンヒメナガクチキ、チビヒラタムシ類、チャオビヒメハナノミ、ベニモンチビカツオブシムシ、コモンヒメコキノコムシ、ツヤチビキカワムシ、セダカマルハナノミ(写真上)、キノコアカマルエンマムシ(写真中)など結構多くの種が見られ、当地での2-3時間の採集としては、最も種数が見られる季節のようです(写真下)。

特筆すべき種としては、オオコキノコムシ(写真上)とヒラタコメツキモドキ(写真下)が得られました。オオコキノコムシは多分福岡県初記録で、先日お知らせした多良轟の滝のものは翅端に黄褐色の紋を持つタイプでしたが、当地産は全体暗褐色で無紋です。幹掃き採集を始めてから、採れ始めた種です。

(補足:
神奈川の平野さんから、写真で見る限りオオコキノコムシではなく、ムナビロクチキムシ Hymenorus veterator Lewisではないかというご指摘で、調べてみたところ、触覚は先端まで糸状で、先端部が太くなるコキノコムシ科ではないことを確認しました。

ということでムナビロクチキムシに訂正します。
本州と九州に分布する種のようですが、九州の具体的な産地は見つけられませんでした。珍しい種ということです。
ご教示いただいた平野さんにお礼申し上げます。)

ヒラタコメツキモドキは佐々治先生により、神奈川県産をタイプとして記載された種で、コメツキモドキと言うよりヒラタムシみたいな変な虫です。九州内の記録は今のところ未確認ですが、かなり珍しい種のようです。

きわめつけは、(写真左のような)全体金黄色に見える無紋のヒゲナガゾウムシで、図鑑でこんなものは見たことが無く、ひょっとしたら新種?とばかりに、がぜん今日のピカ1として喜んで帰ってきました。
ワクワクしながら、形などを顕微鏡下で良く確認したところ、どうも、キノコのついた朽ち木に多数見られたキスジヒゲナガゾウムシ(写真右)の斑紋異常型のようです。本種は斑紋の変異が著しく、個体毎に柄が違うと言っても過言ではありません。
それにしても、負け惜しみではありませんが、ここまで完全に斑紋が無くなったタイプも珍しいと思います。

また、シイからメツブテントウらしきものが落ちてきて、高良山ではまだ採ったことがないので、これは、と思いながらよく見えず、帰宅してから確認したところ、ムツボシテントウ(写真)でした。冬期以外はめったに採れませんが、ケヤキの樹皮下に多い種で、少しガッカリしました。

梅雨でシットリと濡れたマメヅタの新葉も、結構数が見られましたが、トホシニセマルトビハムシは見つかりませんでした。マメヅタがあっても、尾根沿いのように年間の大部分の時期が乾燥しているような場所には、生息できないのでしょう。
樹幹から、常連のクロホシテントウゴミムシダマシもまったく得られなかったので、これまでに紹介してきたいわゆる幹掃き採集対象場所とは、異なるようです。それにしても、ビックリしたり、喜んだり、帰宅してガッカリしたりでしたが、短時間で結構楽しめました。

高良山を含む久留米市域からは、文献記録と採集記録を合わせて、1300種余りの甲虫をリストアップしています。予算が計上できれば、目録を出版したいと思って模索していますが、なかなかメドが立ちません。採集記録や生態・ホストの記録など、図表や写真などによって数多くの情報を入れながら、安上がりに出版する方法として、大部分をCDなどに入れて、CD付で出版することを考えていますが、より安く上げる方法やより良い違ったアイデアがあれば、ご教示頂ければ幸いです。

なお、この幹掃き採集シリーズの初回とその2で紹介した多良山系の成果については、長崎昆虫研究会会誌「こがねむし」(72): 7-17に、今坂正一(2007)2001年以降に長崎県多良山系で採集した甲虫、として報告しましたので、正式記録はそちらを引用下さい。

幹掃き採集に適当な場所が手近で見つからなかった方、この時期の梅雨の晴れ間であれば、近くの適当な林でも、一定の成果はあるようですよ。