小石原の放棄水田の話を続けます。
8月1日には、また別の放棄水田で國分さんと灯火採集をすることにしました。
この日は、平地では連日35度以上の酷暑が続いていたので、多少とも湿気のある、そして、いくらかでも標高を稼いで、涼しげな小石原で灯火採集をしようと思ったわけです。
こちらを放棄水田Bと言うことにします。イグサ等の湿地性植物は見られます。
ただ、多少草地の中を歩いてみましたが、泥濘んでいるだけで、水たまりは見えませんでした。
(放棄水田B)
標高は460mありますが、それでもやはり、日が落ちるまでは暑く、汗だくでした。
7時過ぎから灯火採集の準備にかかります。
(灯火採集準備)
7時45分くらいから夕闇迫り、水生昆虫やウンカ類から来始めます。
國分さんは、灯火採集では蛾類の担当です。
(蛾を採集する國分さん)
白幕にハンミョウもやってきました。
(ハンミョウ)
白幕には池ものとしてヒメゲンゴロウ☆、セマルガムシ☆、ルイスヒラタガムシ☆、ヒメマルハナノミ☆が来たので、放棄水田Aよりはましな感じがしました。
川ものも個体数は少ないながら、コモンシジミガムシ○、カワベナガエハネカクシ○、ヒラタドロムシ○、イブシアシナガドロムシ○、ミゾツヤドロムシ○、ムナビロツヤドロムシ○が来ました。
川ものが来たので周囲を調べてみると、放棄水田と斜面の樹林との間に、細流が流れていました。
どんなに細い流れであっても、川が有る限り、何らかの川ものは生息しているようです。
他に、ウスオビコミズギワゴミムシ、ヒラタコミズギワゴミムシ、クリイロコミズギワゴミムシ、ヒメホソナガゴミムシ、オオアオモリヒラタゴミムシ、キベリゴモクムシ、ナガマメゴモクムシ、クロズカタキバゴミムシ、ムナビロアトボシアオゴミムシ、メダカアトキリゴミムシ、アカケシガムシ、ニセヒメユミセミゾハネカクシ、ツマアカナガエハネカクシ、アカバナガエハネカクシ、アカバヒメホソハネカクシ、キアシチビコガシラハネカクシ、
チャイロチビマルハナノミ、トビイロマルハナノミ、ドウガネブイブイ、ツヤコガネ、ヒメコガネ、リュウキュウダエンチビドロムシ、サビキコリ、オオサビコメツキ、チャイロムナボソコメツキ九州亜種、ツマグロツツカッコウムシ、デメヒラタケシキスイ、ヨツボシケシキスイ、ミツモンセマルヒラタムシ、ヒゲブトコキノコムシ、ミツヒダアリモドキ、コフナガタハナノミ、コスナゴミムシダマシ、ニジゴミムシダマシ、ニセノコギリカミキリ、イボタサビカミキリ、トゲアシクビボソハムシ、オオミズゾウムシなども飛来しました。
このうち、ナガマメゴモクムシは、懸案のムシでした。
かつて、ナガマメゴモクムシの同定ラベルを付けていた個体は、全てツヤマメゴモクムシの個体変異を誤同定していたものでした。
森田さんに伺うと、ナガマメゴモクムシはやや山地性ということで、ナガとツヤがどう違うのか、良く解らなくなっていました。
この日の採集品を眺めてみると、少し感じが違うような気がしたので、写真を撮って並べてみました。
(左から、背面、前胸側縁、ナガマメゴモクムシ: 左、ツヤマメゴモクムシ: 右)
こうしてみると、図鑑の記述にある、ツヤマメの「前胸の側縁は前後にまるく狭まり、弧状、後角は広くまるまり、不明瞭」と、ナガマメの「前胸は基方へ直線状により強く狭まる」との差が認識できます(矢印の部分が違う)。
両方の実物があって、初めて認識できる微妙な違いのようです。
この放棄水田Bで得られた数個体は、全てナガマメゴモクムシでした。
さらに、河川敷周辺の草地で見られるチャイロムナボソコメツキ九州亜種が来て、あれっ、と思いましたが、湿った草地であれば良いのでしょう。
そう言えば、本種の元の学名は、京都市の南にあったという広大な池・巨椋池にちなんだoguraeですから・・・。
(チャイロムナボソコメツキ九州亜種)
現地では、「小型のガムシ類が入っているな」くらいで、気にも留めていませんでしたが、自宅で検鏡してみて、ビックリ!!、ずっと探していたコヒラタガムシ☆でした。
「何だ!、あんな林縁の小さな水溜まりに、こだわる必要は無かったんだ。」
数個体が見つかり、さらに、次に紹介するライトBOXには、数十個体が入っていたので、この場所は、明らかに本種の発生地と思います。
ただ、この時期丁度、羽化仕立てのようで、未熟個体が結構混じっています。
(コヒラタガムシ)
また、「ここのチャイロチビマルハナノミには、かなり小型の個体も混じっているなあ」と思っていました。
黄色っぽくまん丸のチビマルハナノミに、たまたま♂交尾器が露出している個体がいたので、検鏡してみると、これもビックリ!!、キイロチビマルハナノミ☆でした。
(キイロチビマルハナノミ、左から、背面、♂交尾器腹面、Yoshitomi, 2005の付図を改変引用、F: Tegmen、G: Penis))
この種は、Yoshitomi(2005)では、国後、択捉、北海道、本州の分布が載っていて、広島県が西限です。九州初記録になるものと思われます。
また従来はCyphon属として扱われていましたが、その後、Contacyphon属に変更されています(吉富, 2015)。
Yoshitomi, H., 2005. Systematic revision of the Family Scirtidae of Japan, with phylogeny, morphology and bionomics (Insecta: Coleoptera, Scirtoidea). Jap. J. Syst. Ent. Monographic Ser. 3, 212pp.
吉富博之, 2015. チビマルハナノミ属 Cyphonの解体. さやばね ニューシリーズ, (17): 8-10.
以上併せて、白幕から採集できた甲虫は47種になります。
さて、このシリーズの2回目で「新兵器」の語を用いたと思います。
それが次の写真です。
(新兵器: 120WブラックライトBOX、昼間と、使用中)
この120Wブラックライトは、建築材・壁等の検査用の機材だそうで、インターネットで販売されています。
(訂正
上記ブラックライトはインターネットで購入する際は、400Wという表示でした。それで、そのように書いたのですが、改めて、機材本体の表示を見たところ120Wになっていましたので、訂正しました。)
このシリーズの2回目、小隈裏池の灯火採集で、斉藤さんが使用されていたのですが、私のHIDより甲虫の集まりが良く、値段も高くなかったので、買って試してみました。
三脚に固定し、バケツの上にジョウゴを乗せて使用していますが、このジョウゴが紫外線を良く反射し、思った以上に光ります。
このライトBOXで得られた甲虫は71種で、白幕の1.51倍です。
個体数は種によって違いますが、上記、コヒラタガムシは数十個体、キイロチビマルハナノミは1000個体くらいは入っていたものと思われます。
ともかく、HIDの白幕より、数倍の効果があるような気がします。
このブラックライトBOXで追加できた甲虫は、池もののチビゲンゴロウ☆、キベリヒラタガムシ☆、キイロヒラタガムシ☆、スジヒラタガムシ☆に、
川もののユミセミゾハネカクシ○、キスジミゾドロムシ○、アワツヤドロムシ○、ヒメスナゴミムシダマシ○を加え、
さらに、ハンミョウ、アトスジチビゴミムシ、アトモンミズギワゴミムシ、クリイロコミズギワゴミムシ、ムネミゾマルゴミムシ、タナカツヤハネゴミムシ、コゴモクムシ、ミドリマメゴモクムシ、ムネアカマメゴモクムシ、ムナビロアトボシアオゴミムシ、フタモンクビナガゴミムシ、モリアオホソゴミムシ、アオヘリホソゴミムシ、キアシコガシラナガハネカクシ、
ニセヒゲナガコガシラハネカクシ、カドマルエンマコガネ、コスジマグソコガネ、アオドウガネ、ドウガネブイブイ、サクラコガネ、セマダラコガネ、タケムラスジコガネ、スジコガネ、ヒメサビキコリ、スナサビキコリ、オツヤハダコメツキ、アイヌコメツキダマシ、ヒメカメノコテントウ、ツマグロキゲンセイ、ニジゴミムシダマシ、コマルキマワリ、ツシマムナクボカミキリ、キイロクワハムシの40種でした。
このうち、めったに採れないアトスジチビゴミムシ、ムネアカマメゴモクムシ、モリアオホソゴミムシは嬉しかったです。
(左から、アトスジチビゴミムシ、ムネアカマメゴモクムシ、モリアオホソゴミムシ)
モリアオホソゴミムシも、英彦山と平尾台の林縁のススキで採集していますが、思ったより、結構、広範囲に分布するようです。
また、スナサビキコリが採れたのにもビックリしました。
(スナサビキコリ)
本種は元々細かい砂の砂浜に限っているものと思っていたので、筑後川の中流域の砂の多い河川敷で採れた際に、まずビックリして、認識を改めました(今坂ほか, 2024b)。
今坂正一・有馬浩一・國分謙一・斎藤 猛, 2024. 筑後川の甲虫相-その1 中流域-. KORASANA, (102): 31-106.
しかし、こんな標高460mもある中山帯の、それも放棄水田の周りで採れたとなると、愈々、解らなくなります。あるいは、細流に砂地の河川敷があったのでしょうか?
9月1日にも、この放棄水田Bで灯火採集をしました。
前回、コヒラタガムシに未熟個体が多かったので、1ヶ月もすれば完熟個体が採れるだろうと思ったのと、秋羽化のゴミムシ類が色々採れそうに思ったからです。
(9月1日の放棄水田B)
今年の酷暑は8月中ずっと続き、9月になっても収まりそうになかったのですが、この日の小石原は思いがけなく暑くなく、日没後はグッと涼しくなりました。
そのためと、甲虫のシーズンも終わりがけでもあり、白幕にはほとんど甲虫は来ず、水生昆虫と蛾だけでした。
それで、採集品も、白幕とライトBOXの区分けをせず、一緒にしてしまいましたが、8割以上はブラックライトBOXの採集品と思います。それでも、全部で74種が採集できました。
相変わらず、池もののヒメゲンゴロウ☆、キイロヒラタガムシ☆、コヒラタガムシ☆、トゲバゴマフガムシ☆、キイロチビマルハナノミ☆、ヒメマルハナノミ☆、
川もののコモンシジミガムシ○、ユミセミゾハネカクシ○、カワベナガエハネカクシ○、キスジミゾドロムシ○、イブシアシナガドロムシ○、ミゾツヤドロムシ○、ムナビロツヤドロムシ○が来ましたが、
コヒラタガムシは1個体のみ、キイロチビマルハナノミも8個体と、これらの夏の虫のシーズンはもう終わりのようでした。
これらの種も含めて、40種は8月1日と共通でしたが、池ものでホソセスジゲンゴロウ☆、コシマゲンゴロウ☆、ウスイロシマゲンゴロウ☆、ヒメガムシ☆の4種を、
川ものではオオアオミズギワゴミムシ○、マスダチビヒラタドロムシ○の2種を追加しました。
全て、移動力の大きい種と考えられます。
その他、追加したのは、ガロアミズギワゴミムシ、トカラコミズギワゴミムシ、ヨツモンコミズギワゴミムシ、クロモリヒラタゴミムシ、オオマルガタゴミムシ、キイロチビゴモクムシ、ナガサキクビナガゴミムシ、キバネクビボソハネカクシ、オオドウガネコガシラハネカクシ、コンボウヒゲブトハネカクシ、
ミヤマクワガタ、セスジカクマグソコガネ、コイチャコガネ、ヒメヒラタケシキスイ、フタトゲホソヒラタムシ、チャイロセマルキスイ、ケナガセマルキスイ、マルガタキスイ、ツマグロヒメコメツキモドキ、ナミテントウ、ウスチャケシマキムシ、クロカミキリ、トガリシロオビサビカミキリ、クロオビカサハラハムシ、ブタクサハムシ、カミナリハムシ、ホソアナアキゾウムシ、マツノシラホシゾウムシです。
このうち、トカラコミズギワゴミムシとナガサキクビナガゴミムシは期待通りの成果でした。
ナガサキクビナガゴミムシはススキやアシなどに依存しますが、多少とも、湿地っぽい湿気た場所を好むようです。
(左から、トカラコミズギワゴミムシ、ナガサキクビナガゴミムシ)
あと、コンボウヒゲブトハネカクシとチャイロセマルキスイも面白いです。
(左から、コンボウヒゲブトハネカクシ、チャイロセマルキスイ)
さて、小石原の最終は、10月21日です。
結構気温も下がり、葉上にもあまり虫はいなくなっていましたが、この日は、本来の目的は、懸案のヒコサンセスジゲンゴロウの探索でした。
この種は、通常のゲンゴロウ類とは違い、通常は水が無い土中に潜っています。
宮崎市の笹岡さんのご教示によると、雨などの一時的な流れの淀んだ部分に、ゴミや土砂が溜まり、その部分が干上がった後も、その土砂の中に潜んでいるということです(笹岡, 2022)。
笹岡さんは、宮崎県各地の地道の林道などでは、このような環境で確認されています。
笹岡康則, 2022. ヒコサンセスジゲンゴロウとナチセスジゲンゴロウの宮崎県内の混成状況, 月刊むし, (613): 42-47.
ヒコサンセスジゲンゴロウの基産地は英彦山なので、「その近くのサンプルが欲しい」との希望ですが、なかなか見つかりません。
ちょうど、小石原の、放棄水田Aの近くに、壊れた林道があったので探索してみました。
(壊れた林道)
林道上には、あちこちに、水の流れた跡があり、いかにもこの種がいそうなポイントがそこここに有りました。
山側から水がしたたる場所や、小さな水溜まりもあり、かき回してみると、キベリヒラタガムシ○やホソクロマメゲンゴロウは見つかりました。
しかし、1時間余り探索しましたが、結局、ヒコサンセスジゲンゴロウは見つかりませんでした。
國分さんも付き合って、手分けして、あちこち、探していただきましたが、結局、見つからなかったようです。
國分さんは、ビーティングもされたようで、ヒコサンモリヒラタゴミムシ、ツマキヒラタチビタマムシ、アカガネチビタマムシ、ツバキヒラタケシキスイ、ルイスコメツキモドキ、ツマアカヒメテントウ、クロヒメテントウ、ヨツボシテントウ、マダラアラゲサルハムシ、タノオアラゲサルハムシ、ウリハムシモドキ、クサイチゴトビハムシ、クロボシトビハムシ、ウスグロチビカミナリハムシ、ツマキタマノミハムシ、クロルリトゲハムシ、ヒゲナガホソクチゾウムシを採られていました。
(追記
同定出来ないので、載せませんでしたが、西田さんに見ていただいたところ、種が確定しましたので、追加しておきます。國分さんが、ビーティングで2♂採集されています。)
(ヒメホコリタケシバンムシ背面、♂交尾器)
私は、他に、マルクビゴミムシ、マルガタツヤヒラタゴミムシ、ヒメシリグロハネカクシ、オオセンチコガネ、カドマルエンマコガネ、ミツモンセマルヒラタムシ、アカグロムクゲキスイ、カタモンオオキノコムシ、クロハバビロオオキノコムシ、アカハバビロオオキノコムシ、ヒメアカホシテントウ、モンクチビルテントウ、クロテントウ、コイチャニセハナノミ、ヨツボシホソアリモドキ、オオクチキムシ、クロホソゴミムシダマシ、カミナリハムシ、ダイコンナガスネトビハムシを採りました。
コヒラタガムシがいた水溜まりも見てみましたが、すっかり干上がっていて、イノシシの足跡だけがありました。
(コヒラタガムシがいた水溜まり付近)
最後に、道沿いのやや大きなススキの株を叩くと、モリアオホソゴミムシが落ちてきたので、これで今日はお仕舞いにしました。
(モリアオホソゴミムシが落ちてきたススキの株)
結局、小石原の放棄水田A周辺では214種、放棄水田B周辺では122種の甲虫が見つかりました。
池もの・川ものの全体の多様性から考えると、放棄水田Aは放棄から短時間しか経って無く、まだ、侵入した種はごくわずかと思われます。
一方、放棄水田Bは、放棄後、相当長い時間が経っているようで、かなり元の湿地の様相を呈していました。
グーグルのストリートビューの中にある機能で、「他の日付を見る」というのがあり、試みに、この場所の11年ほど前の2013年12月の画像が出てきたので見てみると、ここは既に、現在と変わらず、相当前から放棄されているという感じの草地(湿地)でした。
あるいは、放棄水田Bは、20年以上放置されている可能性もあり、湿地化に向かっているようです。
残念ながら、水量が十分とは言えませんが、このまま放置が続けば、さらに多くの湿地性生物の重要な生育地になると思われます。
8月と9月に1度ずつ調査しただけでこのような結果が得られたので、今後、また継続的に調査してみたいと思います。
それと、このシリーズの当初では、池ものを狙って、溜池巡りを繰り返しましたが、小石原の例を見ると、むしろ、放棄水田巡りをした方が、成果がありそうな気がします。
ただ、どこにあるか解らない放棄水田を、どうやって探せば良いか、と言う問題は、これからの宿題ですが・・・。
川巡りにつづく