このトピックは、2008年11月25日にアップしましたが、2024年のリニューアル時に消失したので、再録しました。
今坂正一・南 雅之
今年(2008年)春、本来、琉球(沖縄本島)以南に棲息していると思われていたヨツモンカメノコハムシ Laccoptera quadrimaculata (Thunberg)(注)が、長崎県諫早市・雲仙市、および鹿児島県知覧町において、その分布域を拡大していることを報告した。
(ヨツモンカメノコハムシ)



(本来の分布概念図)

今坂正一(2008)九州におけるヨツモンカメノコハムシの分布拡大について. こがねむし(長崎昆虫研究会会誌), (73): 24-27.
(九州での分布拡大)

(注:この類の研究者Borowiec氏は、ヨツモンカメノコハムシの学名として、現在、Laccoptera (Laccopteroidea) nepalensis Boheman, 1855を使用されており、自身のホームページに搭載されている。
(このトピックの投稿時、Borowiec氏のカメノコハムシのサイトがあったが、現在は無いようである。)
琉球以外の日本本土では、この報告以前に、山元(2000, 2001), 山元・和田(2001), 和田ほか(2001), 池崎(2002), 浦田(2002a, 2002b), 福吉・小川・松尾(2002)などにより、長崎市周辺では、かなり広い範囲に広がっていることが危惧されていた。
また、鹿児島県レッドデータブック(2002)は、薩摩半島南部の川辺町に本種が侵入していることを指摘している。
このような事態を受け、今坂は陸続きの近隣地域への分布拡大と、サツマイモの被害を懸念し、従来の分布範囲が確実に広がっていることを報告したわけである。
ところが、驚くべき事に、それから半年もしないうちに、突然、本州に侵入していることが明らかになった。
酒井孝明・倉田章久・石川 均(2008)本州に侵入したヨツモンカメノコハムシ. 月刊むし, (451): 15-16.
彼等が報告したのは、静岡県のJR富士川駅付近の富士川河川敷で、ヒルガオとサツマイモから確認し、「すでに定着か?」と述べている。
この報告は、九州の既産地とはまったく関連性が見つけられないわけで、改めて、本種の動向に注目させられた。
先の報告以降、実は今坂も、友人の田畑氏採集の北九州市小倉南区産と、久保田氏採集の屋久島産、自身で観察した佐賀県有田町産と、まったく別の地域から、矢継ぎ早に確認し、どういうことか、考えあぐねていた。
また、南がウェブ上を検索してみると、既に写真などを公開されているものとして、
長崎県五島列島通島・若松島からの記録
http://blog.goo.ne.jp/mezaseguiness/e/9121f21360c188e760ffa7317845f544
宮崎県病害虫防除・肥料検査センタ-による
宮崎県県南部の南那珂地域からの記録
http://www.jppn.ne.jp/miyazaki/10/tokusyu/20nen/h20tokusyu01.htm
などが見つかった。
以上を総合して、地図上にプロットすると、下の図のようになる。
(現在の分布図)

同時多発出現の原因について、今坂←→南の間でやり取りをしながら考えているうちに、南はウェブ上でサツマイモの苗がネット販売されていることを発見した。
かなり多くの鹿児島県内の業者が、最近のサツマイモブームに乗って、何十種類というサツマイモの苗を通信販売しているようである。
それで、思い当たったのだが、今坂の鹿児島県知覧町での観察によると、アルコール醸造用のサツマイモ畑とその周辺に、多数のヨツモンカメノコハムシが見られ、同時に、ハスモンヨトウ Spodoptera litura (Fabricius)の幼虫と、サツマイモヒサゴトビハムシ Chaetocnema confinis Crotchも確認された。
(左:加害されたサツマイモ,右:ハスモンヨトウの幼虫)

ハスモンヨトウは北海道から琉球まで普遍的に分布して、種々の作物を加害するが、特にサツマイモとサトイモの葉をひどく食害する。
九州本土で馴染みのないヨツモンカメノコハムシの食痕は、ハスモンヨトウの影に隠れて、今まで見過ごされてきたのかも知れない。
さらに、サツマイモヒサゴトビハムシは体長1.5mm程度の微小なトビハムシで、台湾原産、パラウ、北アメリカの分布が知られている。
国内からの記録は、最近新顔として、Takizawa(1998)によって沖永良部島と徳之島から報告されたばかりで、昨年、喜界島からも報告した(今坂・祝,2007)。
本種の食害痕は、体が小さいこともあり、上記2種のものに取り紛れてほとんど目立たない。
(右:サツマイモヒサゴトビハムシ, 右:同・頭部)

アメリカでは、サツマイモの害虫として、Sweet potato flea beetleと呼ばれているので、喜界島の報文でこのような和名を提唱した。
国内のChaetocnemaの中では最も小型で、前頭部触角間が広く、隆起が少なくやや扁平になることで、区別できる。
本種を含むChaetocnema属の幼虫は土中で生活し、葉上では見られない。
山元・和田(2001)は、奄美諸島以南の生のサツマイモは本土への持ち込みが禁止されているので、サツマイモ以外の荷物に成虫が紛れ込んで、長崎港から侵入した可能性を示唆している。
しかし、知覧町の例では、サツマイモをホストとし、従来、本土から未発見の種が2種同時に発見され、片方は成虫が振動ですぐ跳躍して逃げる種で、さらに、幼虫は土中生活者となると、可能性としては、土に苗が植えられた状態で、本土に持ち込まれた確率が非常に高くなる。
このことを裏付けるように、2008年11月22日付けの西日本新聞には、「サツマイモの害虫 イモゾウムシ68匹を鹿児島県本土で初確認」という記事が掲載されていた。
鹿児島県が21日、「指宿市東方の畑で確認した」と、発表したらしい。
(記事の写真)

イモゾウムシ Euscepes postfasciatus (Fairmaire)は種芋を食害する種なので、生の種芋が持ち込まれたことは確実であろう。
琉球には、さらにサツマイモの害虫としては悪名高きアリモドキゾウムシ Cylas formicarius (Fabricius)が棲息しているので、同時に本種も侵入していないことを祈る次第である。
(実際に、以下のサイトによると、既に、アリモドキゾウムシも九州本土に侵入した例があり、そのつど、根絶されているようである。
1965~1969年 鹿児島県開聞町
1994~1995年 同山川町
1997~1998年 鹿児島市
1998~1999年 山川町
1997~1998年 高知県室戸市)
以上の事実を総合すると、鹿児島県の薩摩半島南部に、何らかの方法で、土が付いたサツマイモと共にこれらヨツモンカメノコハムシ、イモゾウムシ、サツマイモヒサゴトビハムシの3種が持ち込まれたものと思われる。
このうち、ヨツモンカメノコハムシについては、既に鹿児島県内のサツマイモ畑に広がってしまっている可能性が強い。
その一部が最近のサツマイモ・ブームに乗って、サツマイモの苗の通販により、全国各地に広がっていると想像される。
このような経路を考えない限り、各地での同時多発出現の説明は出来ない。
ヨツモンカメノコハムシの蛹はかなり長い時間、葉裏などに固着したまま過ごすので、この状態で各地に運ばれるたのであろう。
(ヨツモンカメノコハムシの蛹)

これ以上、被害を拡げないためにも、通販を営業されている方は、苗全体をよく見て、蛹の付着の有無を確認した上で、送っていただきたい。
サツマイモの苗の通販では、多分、余り種芋や土は伴わないと思われるので、他の2種は通販による拡散の可能性は少ないと思う。
あれこれ考えていくと、ヨツモンカメノコハムシはすでに全国に広がっている恐れも否定できない。
本来、熱帯系の昆虫なので、比較的暖かい西日本の沿岸地方を除いては越冬出来ない可能性が高いが、種によっては侵入後に対寒性を獲得する場合もあるので、今後、全国レベルで分布の動向を注視する必要が有るだろう。
ヨツモンカメノコハムシはサツマイモや自生のヒルガオ類、園芸用のアサガオ類にも付くので、侵入してしまったら、駆逐するのは難しいと思われる。サツマイモ畑のみならず、家庭の花壇や菜園も注視すべきであろう。
(園芸用のアサガオを食害)

参考文献
福吉賢三・小川恭弘・松尾和敏(2002)ヨツモンカメノコハムシの長崎県への侵入とサツマイモへの加害. 九州病害虫研究会報, 49: 133.
長谷川洋(1996)奄美大島でヨツモンカメノコハムシを採集. 月刊むし, (307): 39.
池崎善博(2002)ヨツモンカメノコハムシの食草としての外来アサガオの一種. こがねむし, (67): 54.
今坂正一・海老原 円(1997)奄美大島で採集した昆虫類. KORASANA, (64): 1-41.
今坂正一・祝 輝男(2007)喜界島で2007年に採集した甲虫. SATSUMA, 57(137): 119-129.
鹿児島県(2002)鹿児島県の絶滅の恐れのある野生動植物 動物編 鹿児島県レッドデータブック. 642pp.
木元新作・滝沢春雄(1994)日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説. 539pp. 東海大学出版会.
Takizawa, H.(1998)Notes on Japanese Chrysomelidae (Coleoptera) Part 3. Elytra, Tokyo, 26(1): 217-222.
浦田明夫(2002a)長崎市のヨツモンカメノコハムシの記録. こがねむし, (67): 54.
浦田明夫(2002b)再び、ヨツモンカメノコハムシの記録. こがねむし, (67): 54.
和田義人ほか(2001)金比羅山の甲虫目録. こがねむし, (65): 19-57.
山元宣征(2000)ヨツモンカメノコハムシの長崎県からの記録. 月刊むし, (356): 45-46.
山元宣征(2001)盛夏のヨツモンカメノコハムシについて. こがねむし, (66): 30.
山元宣征・和田義人(2001)長崎市周辺に定着したヨツモンカメノコハムシ. 月刊むし, (368): 11-14.