前回は筑後川でしたが、今回は、筑後地方の2番目に大きい川、矢部川です。
久留米の自宅から、矢部川までは、国道3号線を南下して5km余り、30分はかからない距離なのですが、なかなか足が向きません。
1つには、筑後川と比べるとやはり、かなり川としても小さく、広い河川敷のある場所は限られます。
3号線が川にぶつかるあたりのすぐ上流側に、柳川藩初代藩主・立花宗茂が築いたとされる花宗堰があり、ここから上が矢部川の上流域です。
中流域は花宗堰から、10km余り下流の瀬高町上庄にある瀬高堰まで、そして下流域がここから河口までの、ほぼ10kmです。
矢部川の甲虫類は、「河川と水辺の国勢調査」のデータぐらいしか有りませんが、疑わしいものを除いて、660種ほどが記録されています。
(矢部川流域概念図)
まず、中流域の八女市矢原から紹介します。
- 八女市矢原(やめしやはら)
ここは、中流域の上からほぼ1/3の地点で、下流に向かって右にほぼ直角に湾曲した地点です。
矢部川の中流域は、河床が岩盤に覆われている場所が多く、この地点も河床から水際の大部分は岩盤です。
ただ、そこから高水敷にかけて広い砂礫地と植生帯があり、2023年にはベニオビジョウカイモドキを採集した(今坂ほか, 2024c)ので、やってみようと思ったわけです。
今坂正一・城戸克弥・國分謙一・有馬浩一・伊藤玲央・緒方義範・和田 潤, 2024c. 2023年までに採集した福岡県RDB種の甲虫. KORASANA, (102): 147-167.
(八女市矢原、左はグーグルから改変引用、矢印は採集地点))
8月6日、國分さんと出かけました。
この日は実は、佐々木さん・和田さん組と、矢部川で一緒に灯火採集をする約束をしていました。
事前に、携帯電話で連絡を取り合い、採集場所を伝えていました。
ところが、現地に着いてから、何度やりとりをしても互いに出会うことができません。
だんだん暗くなってきたので、出会うことを諦めて、点灯することにしました。
彼らも好みの場所で点灯したようです。
(少し離して置いたブラックライトBOXと、灯火採集セット)
結局、採集を終了した後、行きつ戻りつ走り回りながらようやく佐々木さんたちの灯火を見つけたのですが、まったく、私が国道3号線と、県道4号線を間違えていた為に起こったトラブルでした。
しかしこの夜は、携帯電話でいくら確認しても、その場所にたどり着けず、まさしく狐に化かされている気分でした。
佐々木さんたちの灯火は、2kmほど上流の地点で、こちらの方が虫の集まり具合は良かったので、改めてまた、やってみたいと思います。
さて、白幕の方にはクリイロコミズギワゴミムシ、キンナガゴミムシ、タンゴヒラタゴミムシ、キベリゴモクムシ、ミドリマメゴモクムシ、オオスナハラゴミムシ、ノグチアオゴミムシ、フタモンクビナガゴミムシ、ハイイロゲンゴロウ、キイロヒラタガムシ、ヒメガムシ、ツマアカナガエハネカクシ、カワベナガエハネカクシ、キアシチビコガシラハネカクシ、
チャイロチビマルハナノミ、トビイロマルハナノミ、ヒラタクワガタ、スジビロウドコガネ、アカビロウドコガネ、サクラコガネ、ハンノヒメコガネ、ヒメコガネ、ヒラタドロムシ、イブシアシナガドロムシ、アシナガミゾドロムシ、マダラチビコメツキ、サビキコリ、アカマダラケシキスイ、アカボシチビヒメハナムシ、ヒメカメノコテントウ、ヒメカクスナゴミムシダマシ、ヒメカミナリハムシの32種が飛来しました。
ほぼ、筑後川で見つかっている種と同じです。
ただ、ヒメカクスナゴミムシダマシの飛来は意外でした。
(ヒメカクスナゴミムシダマシ)
筑後川では、本種を細かい砂地が広がる吉井町古川の高水敷で、結構数を見ていましたが、矢部川ではそうした砂地を見つけていなかったので、いるとは思ってなかったのです。
しかし、上記、「河川と水辺の国勢調査」(以後は水国と省略)にはリストアップされているので、私が知らなかっただけということになります。
スジビロウドコガネは、福岡・佐賀・長崎県ではおなじみですが、その他の地域には分布しないので紹介しておきます。
(スジビロウドコガネ背面、後腿節)
カミヤビロウドコガネやビロウドコガネに良く似ていますが、♂交尾器、後腿節腹面、後胸腹節板などの形で簡単に区別可能です。
今坂・西田(992)で本種については詳しく述べ、日本本土に分布するMaladera属 7種の区別方法も図示しています。
今坂正一・西田光康, 1992. スジビロウドコガネについて. LAMELLICORNIA, (8): 11-18.
さらに、ライトBOXの方では55種が入っていましたが、白幕との共通種は18種だけで、以下の37種が追加できました。
ホソチビゴミムシ、ヒラタコミズギワゴミムシ、ヨツモンコミズギワゴミムシ、キイロチビゴモクムシ、ムナビロアトボシアオゴミムシ、アオヘリホソゴミムシ、チビゲンゴロウ、コガタノゲンゴロウ、ウスモンケシガムシ、ウスイロツヤヒラタガムシ、ルイスヒラタガムシ、ヒメシジミガムシ、コモンシジミガムシ、トゲバゴマフガムシ、キベリカワベハネカクシ、ニセヒメユミセミゾハネカクシ、ユミセミゾハネカクシ、ツマグロナガハネカクシ、
アカバクビブトハネカクシ、チビクビボソハネカクシ、オオドウガネコガシラハネカクシ、ニジムネコガシラハネカクシ、カクコガシラハネカクシ、ノコギリクワガタ、ヤエヤマニセツツマグソコガネ、ドウガネブイブイ、セマダラコガネ、マスダチビヒラタドロムシ、キスジミゾドロムシ、アワツヤドロムシ、ヒメサビキコリ、トビイロデオネスイ、ミツモンセマルヒラタムシ、ケナガセマルキスイ、ガイマイゴミムシダマシ、ミジンゴミムシダマシ、カミナリハムシ。
コガタノゲンゴロウは結構、何処でも飛来します。
九州では明らかに増えています。
(コガタノゲンゴロウ)
矢部川でもウスイロツヤヒラタガムシが出たのにはビックリです。
各地の河川を探せば、まだ、広範囲にいるのかもしれません。
(ウスイロツヤヒラタガムシ)
アワツヤドロムシが採れたのも意外でした。
21個体も入っていたので、近くで発生しているのでしょう。
(アワツヤドロムシ)
筑後川本流ではまだこの種は確認していません。
支流と、不思議にその近くの溜池で採れたのは先に紹介したとおりです。
矢部川では、ずっと上流の、支流である星野川の上流部・星野村仁田原付近の河川敷に設置したライトFITで本種を採集しています(今坂ほか, 2016)
しかし、それ以外は、水国でも記録されていなかったので、意外に思ったわけです。
今坂正一・國分謙一・斉藤正治, 2016. 石割岳採集例会で確認された昆虫類. KORASANA, (84): 23-34.
さらに、ミジンゴミムシダマシが見つかりましたが、この種は河川というより、耕作地の堆肥などに見られる種と思います。
微小種で図鑑等にも最近まで載せられていなかったので、あまり記録は多くありません。
(ミジンゴミムシダマシ)
それにしても、コガタノゲンゴロウは例外ですが、やはり、微小甲虫は、白幕では多くを見過ごしていることが良く解る結果です。
白幕とBOXで69種を採集したことになります。
次は下流域です。
- 柳川市大和町泰仙寺橋(たいせんじばし)
この地点は、下流域の中央より少し上くらい、当然、潮が上がってくる感潮域です。
次の地点、高田町徳島とは1kmも離れていない指呼の間なので、同じ写真に示しました。
(左から、泰仙寺橋と高田町徳島の位置、グーグルより改変引用、泰仙寺橋の灯火採集)
泰仙寺橋へは、7月17日に國分さんと出かけました。
事前に行くと予告していましたら、斉藤さんと大塚さんも駆けつけて来ました。
泰仙寺橋の下は広い河川敷で、運動場ではないものの草刈りがしてあって、土が露出しています。
川沿いはビッシリとヨシ(多分セイタカヨシ?)が群落を作っていて、水辺には多少とも砂礫の岸辺が露出しています。
ただ、この岸辺は満潮時はほとんど水没するようです。
(泰仙寺橋、左から、大塚さんの位置、斉藤さんの灯火採集)
この日は暑かったのですが、夕方から風が出てきて、私はヨシと車で風よけをして白幕を張りました。
大塚さんは、左の写真の、奥に見える白い車と橋桁の陰で、斉藤さんはヨシの陰に張りました。
さらに、私は、この時点ではまだ新兵器が無く、HIDを使ってのライトBOXを、ちょうど右写真のヨシの裏側の、川面が直接見える場所に設置しました。
感潮域とあって、点灯してから2時間ほどで、水面はどんどん上昇し、1m近く上がったでしょうか。
水に浸かりそうになって、ライトBOXは早めに回収しました。
斉藤さんの光源はこの時既に例のブラックライトで、大塚さんは水銀灯 2灯です。
やや風に苦戦していましたが、やはり、水銀灯が虫は一番集まります。
私の採集品の中には、大塚さんの白幕から採集させてもらった分も含まれています。
また、ライトBOX分も分けずに一緒にしています。
採集できたのは46種で、そのうち、以下の22種は、中流域の矢原では採集していない種です。
キバネキバナガミズギワゴミムシ、ホシボシゴミムシ、カラカネゴモクムシ、セマルケシガムシ、マメガムシ、オオツノハネカクシ、イシハラナガハネカクシ、クロズトガリハネカクシ、アオバアリガタハネカクシ、チビカクコガシラハネカクシ、
オオニセツツマグソコガネ、セマルケシマグソコガネ、アオドウガネ、リュウキュウダエンチビドロムシ、モンチビヒラタケシキスイ、ニセミツモンセマルヒラタムシ、マルガタキスイ、チャイロミジンムシ、ジュウサンホシテントウ、ヒゲブトゴミムシダマシ、ヤマトスナゴミムシダマシ、コスナゴミムシダマシ。
このうち、期待していたキバネキバナガミズギワゴミムシが採れて大喜びをしました。
(キバネキバナガミズギワゴミムシ)
感潮域の代表選手のような本種ですが、福岡県内では初めて採集しました。
水国でも記録されていないようです。
さらに、感潮域の指標種として、オオツノハネカクシも多かったです。
(オオツノハネカクシ)
本種は、かつては、塩田の害虫として知られていました。
しかし、その後、塩田自体がほとんど見られず、本種の記録も余り見ていません。県内の記録も水国以外には知られていないかもしれません。
また、イシハラナガハネカクシ、ニセミツモンセマルヒラタムシ、ジュウサンホシテントウも余り見ない種です。
(イシハラナガハネカクシ、ニセミツモンセマルヒラタムシ、ジュウサンホシテントウ)
中流の矢原でも出ていましたが、ヤエヤマニセツツマグソコガネは、少し前までは記録も無かったのですが、急激に増えて、県内どこでも見られるようになっています。
さらに、ここでは、オオニセツツマグソコガネも同時に出現していました。
本種も急速に北へ分布を広げているようです。
(左から、ヤエヤマニセツツマグソコガネ、オオニセツツマグソコガネ)
セマルケシマグソコガネが8個体も飛来したので、近くに砂地があったのでしょうか?
もう少し、付近の環境を調べてみる必要があるようです。
(セマルケシマグソコガネ)
7月28日、もう少し、感潮域の種を採りたくて、國分さんを誘いました。
前回の採集地(泰仙寺橋)から見えた、1kmほど下流の飯江川との合流点でライトを灯してみようと思ったのです。
- みやま市高田町徳島
この日は特別暑く、35度は超えていたかもしれません。
現地に着いて、採集場所を決めてから弁当を食べ日没まで、ずっと車の中でエアコンを掛けたまま待機していました。
そして、日没後は多少とも気温が下がり、やっと、車外で採集セットを設置できました。
(高田町徳島、夕闇迫る)
この場所の河床はほとんど泥で、砂礫はほとんど見られません。
ヨシ原が近くにないので、ちょっと誤算でしたが、あるいは沢山いるカニの穴から、何か飛び出してこないかと・・・。
よくよく考えてみると、この日が秘密兵器の最初の日だったようです。ブラックライトを三脚に取り付ける前で、3本の支柱に吊るしています。
(ブラックライトBOX)
標本は白幕・BOXを区別せず一緒にしたようで、泰仙寺橋の46種より9種多い55種でした。
矢部川の採集品としては、ウスオビコミズギワゴミムシ、チャイロコミズギワゴミムシ、ツヤマメゴモクムシ、スジミズアトキリゴミムシ、ウスイロシマゲンゴロウ、アカケシガムシ、ホソケシガムシ、チビニセユミセミゾハネカクシ、クビボソハネカクシ、ナカアカヒゲブトハネカクシ、
アシベアリヅカムシ、ツマグロマルハナノミ、ウスグロチビヒラタムシ、ヒメムクゲオオキノコ、ババヒメテントウ、クロヘリヒメテントウ、ナミテントウ、コゴメゴミムシダマシ、イチゴハムシの18種を追加したことになります。
また、前回の泰仙寺橋との共通種は55種中25種で、30種は違う種が飛来しています。
1kmほどしか離れてなくて、時期も1週間後なのに、種構成がこれだけ違うのが注目されます。
しかし、灯火採集は偶然性に支配される比率が大きいので、環境による甲虫相の違いではないでしょう。
採集できた種のうち、感潮域の種は、アシベアリヅカムシとツマグロマルハナノミの2種です。
アシベアリヅカムシは本州以南、琉球、台湾まで広く分布する種で、汽水のヨシ原に生息する種です。
また、ツマグロマルハナノミは本州(東京多摩川・岡山瀬戸内海)、九州(大分・長崎諫早湾)、石垣島、西表島で記録されていて、福岡県の記録はありません。
前種同様、汽水域のヨシ葉上で見つかります。
(左から、アシベアリヅカムシ、ツマグロマルハナノミ)
(追記
林さんのご教示によると、ツマグロマルハナノミは島根県でも記録されているそうです。ご教示いただいた林さんに厚くお礼申し上げます。)
また、ここでも、コゴメゴミムシダマシが採れています。
(コゴメゴミムシダマシ)
さらに、ホソケシガムシとウスグロチビヒラタムシも本州以南から琉球まで分布する種ですが、どちらも福岡県の記録は無さそうです。
(左から、ホソケシガムシ背面、腹面、矢印は中胸腹板、ウスグロチビヒラタムシ)
ただ、もう少し数を期待していたキバネキバナガミズギワゴミムシや、この場所なら大量に飛来するかと予想したオオツノハネカクシが、全く来なかったのは予想外れでした。
感潮域では、ヨシ原が無く、泥だけが広がる干潟に生息する種はいないのでしょうか?
とにかく、矢部川では、中流域の矢原で69種、下流域の泰仙寺橋と高田町徳島とを合わせて76種、全体では110種を確認しました。
つづく