梅雨明け前の黒岳と阿蘇

このトピックは2015年8月にアップしたものですが、2023年3月のリニューアル時に、無くなっていましたので、再度アップします。

九州の梅雨はなかなか明けません。
梅雨前線と相次いでやって来る台風とのコラボで、全国的に晴れていても、九州だけが降っています。

今年は、関東、近畿、東北、中国・四国などの順で梅雨明けして、7月24日現在で、残るは東北北部と九州北部、午前中晴れていても、午後に土砂降りの夕立が来て、梅雨明けはいつになることか解りません。

26日夜半から27日にかけては、またまた台風12号が九州西岸をかすめて回り込みそうです。
それでも、25日は、不思議に一日中晴れの予報が出たので、思い切って、黒岳でのFIT回収と阿蘇でナイターをすべく出かけました。

早朝から暑く、青空が広がり、明日夜半から台風が来るとはとても思えません。

いつものように、黒岳の手前からFIT1~4と回収していきます。

FIT1は泥だらけでほとんど虫は入っていませんでした。
それにひきかえ、大木の立ち枯れ脇に吊したFIT2には、多少入っていそうです。

(FIT2)

FIT2

中身はこちら。

(FIT2の成果)

FIT2の成果

フトツヤハダコメツキ、コクロシデムシ、ヒゲナガビロウドコガネ類、そして、クロコガシラハネカクシの仲間ですが、最後のものは♀のため同定できませんでした。

それから、ワシバナヒラタキクイゾウムシ。
時々見かけますがあまり多くありません。

(ワシバナヒラタキクイゾウムシ)

ワシバナヒラタキクイゾウムシ

FIT3にはオオヒラタエンマムシやヒゲナガクロコガネも入っていました。

(FIT3の成果)

FIT3の成果

やや太短いコメツキダマシが入っていて、一見、オニコメツキダマシかと思っていましたが、ちゃんと検鏡してみると、上翅肩部はうっすら茶色がかっていて、鋸歯状の触角とともに、ノコヒゲフトコメツキダマシ Otho sphondyloides 北海道,本州(神奈川),九州(大分)であることが解りました。
九州各県では唯一、大分の黒岳等から記録がありますが、私は初めての採集です。

(ノコヒゲフトコメツキダマシ)

ノコヒゲフトコメツキダマシ

樹洞にかけたFIT4には、いつものことですが、木くず等が大量に入っていて中身がよく見えません。

(FIT4)

FIT4

その大量の木くず入りのサンプルを、帰宅してから顕微鏡の下、時間をかけてゴミをかき分けてソーティングした結果、とうとう、待ちに待った樹洞ものを掘り出しました。

(FIT4の成果)

FIT4の成果

ヒゲブトハナカミキリ Pachypidonia bodemeyeri 北海道,本州,四国,九州が3頭、私はもちろん初採集です。
思った通り、樹洞に産卵に来たのか、それともこの木から発生しているのでしょうか。

(ヒゲブトハナカミキリ)

ヒゲブトハナカミキリ

クリイロカッコウムシ Platytenerus castaneus 本州,四国,九州(大分)は、従来九州では唯一、灯火に来た黒岳産1個体が知られていただけです。36年ぶりの記録で、自身採集では初めてです。

今坂正一・宮田彬・久川健, 1980. 1979年に採集した大分県の甲虫. 二豊のむし, (5): 1-54.

(クリイロカッコウムシ)

クリイロカッコウムシ

さらに、メカクシゾウムシの仲間が2個体入っていて、図鑑には載っていない、黒地に黄色小紋を散らした見慣れない種だったのですが、城戸さんからいただいていた資料から、コホシメカクシゾウムシ Mechistocerus parcimaculatus 本州,伊(御蔵),平戸,屋であることが解りました。

(コホシメカクシゾウムシ)

コホシメカクシゾウムシ

九州では、唯一、平戸島の記録があります。
資料をいただいた城戸さんにお礼申し上げます。

以上の2種は直接、樹洞と関係があるかどうかは解りません。

しかし、次のキクイサビゾウムシは、前にこの樹洞でスプレーをした時も沢山落ちてきたので、確実に樹洞に依存しているようです。

(キクイサビゾウムシの一種)

キクイサビゾウムシの一種

その時は何気なく見ていただけで、ちゃんと同定して無くて、その外形からシロズキクイサビゾウムシ Synommatoides shirozui 屋,ト中と思っていました。しかし図鑑を見るとシロズは九州の分布はありません。

それで、森本先生の解説を読んでみると、シロズキクイサビゾウムシの触角中間節は5節ですが、この種は6節あります。

森本 桂(1983)キクイゾウムシ類概説 I.キクイサビゾウムシ類. 家屋害虫, (15/16): 29-36.

ということで、別属のウエノキクイサビゾウムシ Dexipeus uenoi 九州(佐賀),沖縄になるようです。
解説に載っているシロズキクイサビゾウムシの図にソックリなのですが、ウエノの写真はひどく細長くて、イメージがだいぶ違います。しかし、触角の節数は厳然と違っていますので、ウエノにするしかないと思います。赤矢印で示した、複眼下部が伸張して、下端両方が接するほど近い点からもウエノの特徴に合致します。

さて、思いがけず好成績のFITでしたが、現地で回収した時点ではまだ中身の豊富さには気がついていません。
それで、いつものように、男池周辺の立ち枯れや倒木を探してみることにしました。

前に、オオホソコバネカミキリが付いていた立ち枯れを、柳の下のドジョウとばかり見てみましたが、さすがに今回はいません。

すぐ近くに、半枯れの大木が有り、根元の樹幹一面に真っ黒い半球状のツブツブのキノコがついています。このキノコはもう10年近く見られますが、名前は良く解りません。ご存じの方はご教示ください。

(黒いツブツブのキノコがついている半枯れ大木)

黒いツブツブのキノコがついている半枯れ大木

このキノコ、一見、たき火で燃して焦がしたような色合いと質感をしています。
以前、クロミジンムシダマシやノミヒゲナガゾウムシの仲間が大量に落ちてきたことがあるので、掃いてみました。

すると、キボシメナガヒゲナガゾウムシ Oxyderes fastigatus 本州,四国,九州,伊,屋がいくつも、そして、ノミヒゲナガゾウムシの仲間が大量に落ちてきて、ビーティングネット上でピンピン跳ねています。

(キボシメナガヒゲナガゾウムシ)

キボシメナガヒゲナガゾウムシ

ノミヒゲナガゾウムシの仲間は同定が難しく、なかなか種名が確定できませんが、この種は以前調べたことが有り、ノミヒゲナガゾウムシでは最も大型のキンヘリノミヒゲナガゾウムシ Choragus compactus 本州,四国,九州,対のようです。

(キンヘリノミヒゲナガゾウムシ)

キンヘリノミヒゲナガゾウムシ

両種とも、色と言い形と言い、このキノコとソックリで、完全に背景に溶け込んでしまって、目で見ても確認できません。キノコは丁度胞子を出している時期のようで、掃くと胞子が灰色っぽい煙となってモヤーッと立ち上ります。
ヒゲナガゾウ2種はこの胞子目当てに集まっているのかもしれません。

男池から登山道を上り、いつもの明るい立ち枯れ豊富な湿地に出ます。先だってからの雨と台風で、窪地はさらに水たまりやぬかるみが増えているようです。残念ながら、カエルの幼生だけで、ゲンゴロウなど水生甲虫は見当たりません。

(立ち枯れ豊富な湿地)

立ち枯れ豊富な湿地

細めの立ち枯れはハンマーリングで、太い立ち枯れは幹掃きで、いつものように採集していきます。
5月にこの場所を見つけてから、数回ここで採集していますが、半数ほどは同じ顔ぶれです。

大型のムシは以下の通り。

(立ち枯れ湿地の甲虫・大)

立ち枯れ湿地の甲虫・大

今回この場所で新たに採集したのは、ヒトオビチビカミキリ、ニイジマトラカミキリ、シラホシナガタマムシ、クロケナガクビボソムシ、ムネアカクシヒゲムシ、オオチャイロコメツキダマシ、フタオビホソナガクチキなど。

こうしてみると、思ったより季節によって顔ぶれが変わっているようで、今回は特に、ヒゲナガゾウムシ類が豊富でした。

中でも、シロマダラネブトヒゲナガゾウムシ Habrissus pardalis 北海道,本州,四国,九州は初めての採集です。既に黒岳男池から記録されていますが、大分県でもこの1例のみで、長崎・佐賀両県の記録はありません。


(シロマダラネブトヒゲナガゾウムシ)

シロマダラネブトヒゲナガゾウムシ

小型のムシは以下の通りです。

(立ち枯れ湿地の甲虫・小)

立ち枯れ湿地の甲虫・小

小型のヒゲナガゾウムシ類としては、次のような種が含まれていました。

(小型のヒゲナガゾウムシ類)

小型のヒゲナガゾウムシ類

左から、コモンマダラヒゲナガゾウムシ、クロフヒゲナガゾウムシ、ツツケナガヒゲナガゾウムシ、そして、大量のキンヘリノミヒゲナガゾウムシと、その中央に1個体だけ、カギバラヒゲナガゾウムシの一種が見えます。

(カギバラヒゲナガゾウムシの一種)

カギバラヒゲナガゾウムシの一種

カギバラヒゲナガゾウムシ類については、図鑑類にはヤツボシヒゲナガゾウムシ、ハイマダラカギバラヒゲナガゾウムシ、ヤエヤマカギバラヒゲナガゾウムシの3種しか載っていません。しかし、実際は、Deropygus属とXanthoderopygus属の2つの属に含まれる13種が知られています。

Deropygus属
アマミヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus cavus Shibata 奄
ヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus histrio Sharp 本州,四国,九州,対,下甑,ト中
マエダヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus maedai Shibata 九州(市房山)
オオヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus morimotoi Senoh 奄
ニセヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus nipponicus Senoh 本州(山梨)
ウエダヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus uedai Shibata 本州(奈良・京都・大阪),奄

Xanthoderopygus属
ヤエヤマカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus didymus (Jordan) 石,西
キムネカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus flavicollis (Morimoto) 奄,石,西
ハイマダラカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus jocosus (Sharp) 本州,四国,九州,奄
ゴマダンカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus kasaharai Senoh et Matoba 本州(和歌山県護摩壇山)
オオトウカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus matobai Senoh 本州(和歌山県大塔山)
オガサワラカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus ogasawarensis Senoh 小
ツシマカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus watanabei Senoh 対

ただ、先に挙げた3種以外は、ほとんど、原記載やごく少ない記録しか知られておらず、大部分は種の特徴など詳細は不明のようです。

中でも、芝田(1986)によって記載された3種については、不明の点が多いようです。
この論文では、直前に発表された妹尾(1984)には言及されておらず、3種の記載には、東南アジア産との比較で記載されていて、国内産についての言及はありません。

記載文から勝手に判断すると、Deropygusとされている3種とも、Xanthoderopygus属のような気がします。
この論文には図や写真は無く、その点でも、判断が難しいようです。

Senoh, T., 1984. A revision of the genus Deropygus Sharp in Japan, with description of a new genus and five new species (Col., Anthribidae). Trans. Shikoku Ent. Soc., 16(3): 25-40.

Shibata, T., 1986. Studies on Japanese Anthribidae, VIII. (Col.). Ent. Rev. Japan, 41(1): 49-53.

上記の種リストは、さらに、次の2つの論文をも参照して作成しました。

Morimoto, T., 1978. The family Anthribidae of Japan (Col.) Part 1. ESAKIA, Fukuoka, (12): 17-47.

Senoh, T. & I. Matoba, 2002. A new species of the genus Xanthoderopygus (Col., Anthribidae) from the Kii Peninsula, Central Japan. Elytra, Tokyo, 30(2): 358-362.

これらを通観しても、先に示した黒岳産カギバラヒゲナガゾウムシは同定できません。
その長くて長方形の尾節板からXanthoderopygus属だろうと思っていますが、上記7種には該当種はなさそうです。

芝田(1986)によるマエダヤツボシヒゲナガゾウムシの記載文には、尾節板の長さは幅の1.7倍、側縁はほぼ平行、先端に抉れは無く、前胸にペアの斑紋と書かれていますので、基産地が熊本県市房山と近いことも有り、この種の可能性もあるように思われます。

以上の文献のうち、入手が難しい妹尾(1984)のコピーを恵与いただいた伊藤さんに感謝します。

その他、この場所で初めて採集できたのは、左から右回りに、マルカブトゴミムシダマシ、コチビキカワムシ、クロモンヒメヒラタホソカタムシ、トホシニセマルトビハムシ、ヒラタクチキムシダマシ、モンサビカッコウムシ、アヤモンニセハナノミなどです。

(マルカブトゴミムシダマシほか)

マルカブトゴミムシダマシほか

さて、黒岳はこれくらいにして、阿蘇に向かうことにしました。
今日の大目的の2つめは、阿蘇の湿地周辺でナイターをすることです。と言ってもまだ午後3時前、日が暮れる午後8時までにはまだ5時間余りあります。

飯田高原を走り抜けていると、道横にクヌギ林が目にとまりました。

(飯田高原のクヌギ林)

飯田高原のクヌギ林

ちょっとここでハンマーリングをしてみましょう。

(飯田高原のクヌギ林の採集品)

飯田高原のクヌギ林の採集品

比較的大木が多く、叩ける細い木は少なかったのですが、生木からコゲチャツツゾウムシが多く落ちてきます。近似のツツゾウムシは1個体も混じっていなかったので、クヌギに依存しているの本種だけかもしれません。
最近採集していないゴマダラモモブトカミキリ、タテスジゴマフカミキリも採れました。
場所を変えると何かしら違うものが採れるようです。

トウキョウクモゾウムシ Euryommatus tokioensis 本州,九州も落ちてきましたが、私はあまり採集したことの無い種です。

(トウキョウクモゾウムシ、右は側面)

トウキョウクモゾウムシ、右は側面

流石に、高原といえども午後のクヌギ林は蒸し暑く、変わったムシも多くないので、これだけで切り上げて、牧ノ戸峠へと向かいます。

1333mの標高は、九州内の簡単に車で行ける場所としては、最高地点です。
早朝からの運転とトラップ回収・採集で眠気が差してきたので、峠横の林道に入り、そよ風が気持ちの良い木陰の場所に車を停めて仮眠することにしました。

3-40分トロトロとうたた寝をした後で、起き上がりましたがまだ体は重たく、十分に醒めてはいませんが、ずいぶんと楽にはなりました。
と言っても、まだ時間があり、道沿いで少し虫を追ってみます。

(牧ノ戸峠の道沿い)

牧ノ戸峠の道沿い

ノリウツギの花は咲き始めたばかりで、ヨツスジハナカミキリ、オオヒラタハナムグリ、ホソツヤケシコメツキ、メスアカキマダラコメツキくらいしかいません。樹葉を叩くと、クチブトコメツキ、クチボソコメツキ、クロツヤハダコメツキ、ヒメクロツヤハダコメツキ、ムネアカクロジョウカイ、クリイロジョウカイばかりいっぱい落ちてきます。

昼間というのに、松の枝先をオオスジコガネが多数ブンブン飛んでいました。

樹葉から時季外れの小さなアカハネムシが落ちてきたので、何だろうと思ったのですが、戻って調べると、ウスイロアカハネムシでした。

(ウスイロアカハネムシ)

ウスイロアカハネムシ

各地の山地で夏まで見られる普通種です。

さて、峠を下りて瀬の本まで来ましたが、レストハウスは5時半で閉まるらしく、ちょっと一服しようと思いましたが駄目でした。
しようがなくて自動販売機でジュースを出し、それで辛抱して阿蘇へ向かいます。

湿地の脇に白幕を張りブラックライトを取り付け、川の近く3カ所ほどにはライトFITを設置します。
いつまでも西の空は明るく、暮れるのを待ちながら、夕食用のパンを囓ります。

(湿地の脇に張ったナイターの白幕)

湿地の脇に張ったナイターの白幕

そしてこれが、採集できた成果です。

(ナイターの成果)

ナイターの成果

期待が大きかっただけに、ガッカリです。ゴミムシ類やゲンゴロウ、ガムシ、そして、その他水生甲虫や湿地生のハムシなんかも期待していたのですが、まったく、郊外の水辺周辺で得られるようなものしか飛んできませんでした。

ライトFITの設置はこんな感じです。

(ライトFIT)

ライトFIT

捕れた虫も、コガネを除くとこんな感じです。

(ライトFITの成果)

ライトFITの成果

風も無く気温も湿度も十分だったはずです。不調は半月がポッカリ出ていたせいかもしれません。
と言うより、雨続きで、虫の方にもまだ夏の活動の準備が出来ていないのかもしれません。

顕微鏡下で細かく眺めていると、唯一、5mmほどの黒くて細長いハネカクシが目にとまりました。

(黒くて細長いハネカクシ、右は頭と前胸)

黒くて細長いハネカクシ、右は頭と前胸

その体形や、頭部と前胸に密生する長い金毛から、アカバヒメホソハネカクシ Neobisnius pumilusに近縁かと思いましたが、この属には、他にスソアカヒメホソハネカクシ Neobisnius inornatusと、Neobisnius praelongus 西,石の2種しか知られていません。色彩的にもこれらとは別物のようです。

ずいぶん期待していた高原湿地のナイターでしたが、特に何も来ないので、早々に切り上げ、戻りました。
自宅着は午後11時半、思ったよりは早く帰宅できました。それにしても長い一日でした。