2023年7月22日から26日まで、西日本最大規模と言われている宮崎県綾町の照葉樹林に採集に行ってきました。
同行は、久留米昆蟲研究會のメンバーのうち、久留米周辺から、國分さん、有馬さん、斎藤さん、大塚さん、私の5名。
そして、大阪から畑山さん、福岡の和田さん、大分県臼杵の堤内さんも加わり、全員で8名です。
綾町の照葉樹林の甲虫については、永年、宮崎市の笹岡さんが精力的に調査されています。
彼によって採集発見された(今のところ)綾町固有種のオオヒラタホソカタムシ(新種)や、国内では綾町で1♀だけしか見つかっていない南方系のチャイロツツクビコメツキダマシなどを始めとして、今後、新種として発表される可能性のある国内未記録種も、多数報告されています。
(オオヒラタホソカタムシ、Narukawa, 2021より改変引用)
Narukawa, N. 2021. A new species of the genus Colobicus (Coleoptera, Zopheridae) from Japan. Elytra. New series 11 (1), 115-117.
(チャイロツツクビコメツキダマシ、鈴木, 2020より改変引用)
鈴木 亙, 2020. 日本から発見されたチャイロツツクビコメツキダマシ. さやばねニューシリーズ, (39): 24-26.
それを受けて、今年5月、日本甲虫学会の観察・調査会が綾町で開催され、綾ユネスコエコパークセンターの木野田さんによると、28名の学会員が参加されたそうです。
(綾町の位置)
綾町は宮崎市の西北、約20kmに位置しています。九州脊梁のほぼ南東端に当たります。
主峰の大森岳は標高1108.7mで、山頂はブナ帯に属するようです。
主として、この登山口に当たる標高700m付近まで通じる大森岳林道エリアと、その南麓にある綾南川エリアが、日本最大級の照葉樹林として、ユネスコエコパークに登録されているようです。
(綾町全域)
私も、先に述べた5月に開催された日本甲虫学会の観察・調査会に、木野田さんから誘われていました。
しかし、所用があり、この時は参加できませんでした。
一方、古くからの虫友である畑山さんは、木野田さんから依頼されて綾のハナノミ多数の同定をされており、綾・大隅・屋久島のみで知られるカルベオビハナノミを始めとして、興味深い多数の種が綾町から記録されていることをご存じでした(木野田, 2017a)。
木野田毅, 2017a. 宮崎県のハナノミ科. タテハモドキ, (53): 30-33.
また、鈴木さんは、前述のように、笹岡さんの採集品を元にチャイロツツクビコメツキダマシを記録し、その鈴木さんの同定を得て、笹岡さんはコメツキダマシの珍品多数を綾町から報告されています。
ハナノミとコメツキダマシを専門とされる畑山さんにとっては、綾は一度は、自分で採集してみたい場所であったわけです。
と言うことで、畑山さんと私の間で、ハナノミとコメツキダマシ狙いで、この7月末に綾に採集に出かけることが決まりました。
例によって、私は一人での遠征は不可なので、國分さんにお願いして、同行してもらうことにしました。
小石原のナイターなどに同行された、有馬さん、斎藤さん、大塚さんを誘ったところ、行ってみたいと言うことになりました。
堤内さん、和田さんにもメールしたところ、堤内さんは相当前から綾には通われていると言うことで、和田さんは春の観察・調査会にも参加されたらしく、お二人とも、畑山さん以下、皆さんの顔も見がてら、来てみたいということでした。
以上、全てのメンバーが久留米昆蟲研究會の会員です。
(綾ユネスコエコパークの中心エリア)
畑山さんは前日(21日)入りして、木野田さんの案内で既に、綾南川の国道沿いにライトFITを設置されたようで、22日も午前中は、宮崎市清武町の丸目岳(標高570m)へ、ライトFITの設置に行かれていたようです。
大塚さん・斎藤さん組は、待ち合わせ時間前に、既に、綾町内の材木置き場で、タマムシと大型ハナノミを採集されていました。
7月22日正午、7名(和田さんは24-25日に参加)が綾ユネスコエコパークセンターに集まりました。
昼食後、木野田さんがユネスコエコパーク内を案内してくださるということで、まず、メインの大森岳林道に向かいます。
(大森岳林道入り口)
大森岳林道の入り口は通常は施錠されており、木野田さんが鍵を開けます。
看板の前で、参加者全員で記念写真を撮りました。
(大森岳林道入り口での記念撮影、前列、左から國分、大塚、有馬、後列、左から、今坂、木野田、堤内、畑山、斎藤)
この林道入り口付近も、先日来の大雨で土砂崩れがあり、通れなかったそうですが、その後、センターの方のご尽力で復旧されたようです。
林道は多くが舗装されており、多少、落石等も見られましたが、比較的良好な道でした。
ただ、林道は尾根のすぐ下を等高線に沿って走っていて、道の両側は傾斜が急で、なかなか林内に立ち入りことが出来ません。
(大森岳林道)
標高600m付近で、曲がり角が広場になっていて、右手の、尾根沿いの林内へ入っていける場所がありました。
ここを含めて、林道沿いにこういった場所が何ヶ所かあり、大森岳林道のメインの採集ポイントになっているようです。
(採集ポイントの1つ)
林道沿いに立ち枯れが見つかったので、さっそく、ライトFITを1つ設置しました。
國分さん、斎藤さん、大塚さんは思い思いに、林道沿いでビーティングしたり、スウィーピングしたりしています。
有馬さんは、樹液の出ていた穴から、スジクワガタを引っ張り出していました。
(大森岳林道産スジクワガタ)
畑山さんと木野田さんは、花を探して林道をさらに上へ進んでいきました。
後で標本を見せていただくと、國分さんはタラメツブテントウを採られていました。
樹皮下かあるいは、枯れ木のビーティングで採られたようです。
(タラメツブテントウ)
本種は、最初、長崎県多良山系の渓流沿いで、コケ蒸した大木の樹幹から、幹掃き採集で見つけた種ですが、その後、九州各地から奄美大島の範囲で、点々と見つかっています。
国内産や近年報告された中国本土の種とも異なり、未記載種と考えています。
正に、照葉樹林の虫と言える種の1つです。
私もせっかくここまで来たので、林内に入り、立ち枯れをハンマーリングしてみます。
林内では少し落ちてきましたが、林道沿いではなかなか、虫が落ちてきません。
夏枯れの暑さとあって、樹葉上にはほとんど虫が見られませんでした。
林道沿いは思ったより乾いていて、虫は少なく、得られた虫は以下の通りです。
(ハンマーリングで採集した甲虫)
5-6月であれば、もっと、いろんな虫が落ちてきたでしょうが・・・。
それでも、ムナビロカッコウやサカグチクチブトゾウムシなどの南ものや、珍品のトモンチビオオキノコ、綾の記録が見当たらないムナグロナガカッコウムシが含まれていました。
(左から、ムナビロカッコウムシ、トモンチビオオキノコ)
ムナビロカッコウムシは九州南部から、下甑島、屋久島、トカラ列島の分布が知られる美麗種ですが、ここ、大森岳林道が北限のようです(岩崎, 2020)。
岩崎郁雄編(今坂正一監修). 2020. 宮崎県昆虫目録. 377pp. 宮崎昆虫調査研究会.
1時間ほどして、畑山さんたちが戻ってきましたが、結局、虫が集まりそうな花は見つからなかったそうです。彼のベースグラウンドの紀伊半島なら、「この時期、ノリウツギやリョウブの花が咲いていて、ハナノミを始め、カミキリやその他の甲虫が集まっているのに・・・」と、残念そうでした。
今日はまだ、初日の下見なので、適当に下山します。
入り口ゲートの付近の樹相が比較的良く、立ち枯れや大木が多かったので、私と畑山さんは、ライトFITを設置しました。
結局、大森岳林道には、この後、24日に、畑山、木野田、國分、私の4名で再度出かけ、上の採集ポイント付近で、立ち枯れのスプレー採集でいくらか虫を採集しました。
その後の記念写真が以下の写真です。
(左から、國分、畑山、木野田)
再度私も加わって記念写真。
(左から、今坂、國分、畑山、木野田)
私の採集品は以下の通りです。
(スプレー採集品)
ヒメクロデオキノコムシ、マエダヤツボシヒゲナガゾウムシ、アヤモンニセハナノミ、コチビホソハネカクシが、綾町から初めてのようです。
(左から、コチビホソハネカクシ、アヤモンニセハナノミ)
このうち、マエダヤツボシヒゲナガゾウムシは、かつて、私のホームページで、九重黒岳からカギバラヒゲナガゾウムシの1種(後に、(仮称)クロダケカギバラヒゲナガゾウムシ)として紹介した種と同じようです。
(マエダヤツボシヒゲナガゾウムシ、♂尾節板)
夏枯れ?の黒岳 https://coleoptera.jp/2015/08/13/%e5%a4%8f%e6%9e%af%e3%82%8c%ef%bc%9f%e3%81%ae%e9%bb%92%e5%b2%b3/ (カギバラヒゲナガゾウムシの1種として)
その後、2016梅雨明け直前の黒岳 https://coleoptera.jp/2016/07/19/2016%e6%a2%85%e9%9b%a8%e6%98%8e%e3%81%91%e7%9b%b4%e5%89%8d%e3%81%ae%e9%bb%92%e5%b2%b3/
において、(仮称)クロダケカギバラヒゲナガゾウムシ Xanthoderopygus sp. 1 と仮称しています。
この種は♂の尾節板が長い長方形になるのが特徴で、大森岳林道産もほぼこの種と思われます。
ただ、属が分割される前の、ヤツボシヒゲナガゾウムシの属で書かれた、マエダヤツボシヒゲナガゾウムシ Deropygus maedai Shibataが、どうも、この種に相当するようなのですが、原記載には図が無く、当然、ホロタイプも見たわけではないので、確実ではありません。
Shibata, T., 1986. Studies on Japanese Anthribidae, VIII. (Col.). Ent. Rev. Japan, 41(1): 49-53.
この日は、畑山さんも、林内の立ち枯れを探してスプレーされていたようで、以下の種を採集されていました。
(畑山さんの採集品)
その中で、照葉樹林の指標種とも言えるアカヒメハナノミ、九州以南から沖縄まで分布するナガクモゾウムシ、未記載種のヒメクモゾウムシの一種などは注目されます。
(左から、アカヒメハナノミ、ナガクモゾウムシ)
この上の地点のライトFITには、コクワガタ、クロシデムシ、サツマコフキコガネ、オオナガコメツキ、オオクシヒゲコメツキ、クシコメツキ、チャイロコメツキ、クリイロアシブトコメツキなど、ライトFITの定番とも言える種の他には、キボシメナガヒゲナガゾウムシ、ツヤナガヒラタホソカタムシくらいで、めぼしい種は入っていませんでした。
上記、定番種は、この後、全ての地点のライトFITで見ることになります。
昼食後、もう少し探索しようと考えていた時、突然、雷とともにドシャブリの雨になり、撤収することにしました。
林道の入り口付近まで戻って来ると、雨は小降りになっていたので、この場所のライトFITも回収します。
私は1基でしたので、すぐに済みましたが、畑山さんは数基かけてあり、そのうち再び雨が強くなったので、応援に向かった木野田さんとともに、相当びしょ濡れになったようでした。
回収した甲虫は次のとおりです。
(入り口付近のライトFIT回収品)
また、畑山さんのライトFITの成果も以下の通りです。
(畑山さんのライトFIT回収品)
私の方はブンゴキノコゴミムシダマシくらいで、特にめぼしい物は無く、畑山さんの方も、綾町の記録が無いオオカンショコガネ、ネムノキナガタマムシ、ユリコヒメクチカクシゾウムシ、コホシメカクシゾウムシ、マツノカバイロキクイムシが入っていたくらいで、期待したほどではありませんでした。
(ブンゴキノコゴミムシダマシ)
本種は、比較的最近、Akita & Masumoto(2012)により大分県佐伯市産をタイプとして新種記載された種で、クロオビキノコゴミムシダマシに似た斑紋の種です。多少、上翅赤紋のパターンが違うので区別できます。九州各地の低山地の照葉樹林で見られ、久留米の高良山でも採集しています。
Akita, K. & K. Masumoto, 2012. New or Little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (13) Three new Tenebrionid species from Japan, and a replacement of a preoccupid name. Elytra, Tokyo, New Series, 2(2): 207-216.
それでも、この入り口付近の樹相は結構良く、伐採木などもあったので、この後、24日の夜はここで灯火採集をすることも考えていました。
しかしながら、その後夕立はいっこうに止まず、とうとう、この日は灯火採集を断念して、センターで休息と、それまで採った虫のソーティングということになってしまいました。
ソーティングしながら、どうせ後で渡すより、今渡しておいた方が、手間が省けて便利とばかり、大森岳林道のライトFITに入っていた大小のチャイロコメツキダマシ類を畑山さんに渡しておきました。
帰宅してから、後日、彼から「メールを見てくれ」と、突然電話が掛かってきて、見てみると、数枚の写真があり、その後、写真と解説を貼り付けたpdfが送られてきました。
それによると、大森岳林道の、私と彼のライトFITに入っていたチャイロコメツキダマシ属 Fornaxには、6種が含まれていたそうです。
- カミコシキオオチャイロコメツキダマシ(仮称)
- アヤオオチャイロコメツキダマシ(仮称)
- ヒメチャイロコメツキダマシ
- コチャイロコメツキダマシ
- ニセコチャイロコメツキダマシ(仮称)
- アマミコチャイロコメツキダマシ(仮称)
ヒメチャイロコメツキダマシとコチャイロコメツキダマシ以外は全て、未記載種です。
最後の5, 6の2種は琉球系の種で、畑山さんは以前から、未記載のまま、認識していた種ということです。
アマミコチャイロは中甑島からも報告しています(今坂ほか, 2021)。
そして、カミコシキオオチャイロコメツキダマシは、先年、私が上甑島で採集し、オオチャイロコメツキダマシのそっくりサンであるにもかかわらず、まったく、違った♂交尾器をしているということで、彼の解説付きで報告した種です(今坂ほか, 2021)。
今坂正一・細谷忠嗣・國分謙一・伊藤玲央・有馬浩一, 2021. 甑島採集紀行 その3 (2020年7月). KORASANA, (96): 21-98.
(カミコシキオオチャイロコメツキダマシ、右は♂交尾器)
てっきり、甑島特産種と思っていたカミコシキオオチャイロが、上甑島のみならず綾町にもいるとなると、九州南部一帯に分布し、さらに、屋久島・種子島くらいには分布する「南九州要素」ということになるかもしれません。
さらに、彼を驚愕させたのは、アヤオオチャイロコメツキダマシの発見であったようです。
この種の最大の特徴は、雌雄共に、前頭と頭楯をクッキリ区切る横隆起線②があることと、腹節末端が緩い半円状に抉れる③ことだそうです。
(アヤオオチャイロコメツキダマシ、全て、左: ♀、右: ♂)
こんな特徴を持つFornax属の種は、見たことも聞いたこともないということで、「発見した際は、驚愕の余り、目が点になった気がする」と言うことでした。
つづく