2020年初夏から梅雨の英彦山 1の続きです。
1では、深倉峡入り口の土場に吊したFITの成果、貝吹峠手前の一軒家周辺の常緑広葉樹林の甲虫類、スキー場跡のススキ草原(実は疎林でのススキ群落)の甲虫類について紹介しました。
この1をアップした直後の、7月20日から26日まで、甑島に調査に出かけていました。
ということで、すっかり、間が空いてしまいました。
さて、これから、いよいよ深倉峡の紹介です。
深倉峡には週一のペースで通っております。
國分さんと二人で、5月28日、6月5日、6月9日、6月16日、6月24日、7月4日(久留米昆採集会)、7月18日と通ってきました。
今年の採集の中心地、深倉峡最奥の深倉園地から紹介します。
英彦山はかなり古い火山で、侵食が進み、至る所に巨岩が露出、林立しています。深倉峡の渓谷の両岸、特に左岸側は、巨岩が多いようです。
と言うことで、なかなか道路から離れて山に分け入ることは難しいようです。
勢い、歩きやすい道路周辺が主力になります。
(深倉園地、2葉)
ここの渓谷を見晴らす四阿の隅にライトFITを設置しました。また、桜の立ち枯れなどにも設置しました。
ここのFITには、5月28日にはヤスマツケシタマムシが入っていました。
園地のあちこちの斜面にはホストのスゲが大量に生えていますが、なぜか、今年は食痕も含めて、まったく観察できていません。
かつて探したときは、一叩きで十数頭落ちてくるぐらい多かったのですが・・・。シカの食害による林床の乾燥と関係があるものと想像しています。
それでも、1個体でも確認できて、「いるにはいるんだ」と少しホッとしました。
さらに、この日はマダラクワガタも入っていました。
また、28日のイエローパンFITには、クロオオキバハネカクシが入っていました。
この種は全体が真っ黒で解りやすい種ですが、熊本県Oyayamaをタイプとするものの、他に九州では大分県の記録があるだけで、福岡県からは初めてです。
さらに、6月24日のライトFITにはフトヒゲコメツキダマシが入りました。
(フトヒゲコメツキダマシ、左触角)
この種は最近まで九州の記録がありませんでしたが、昨年初めて釈迦岳の大分県側から記録しました。
今坂正一・齋藤正治・築島基樹・江頭修志・有馬浩一, 2019. 2018年に採集した釈迦岳の甲虫類. KORASANA, (92): 183-226.
また、大雨後心配しいしい出かけて回収した7月18日には、意外や、キイロアラゲカミキリが入っていました。英彦山では既に3例ほどが知られていますが、私は初めて採集しました。
1970年にカミキリ採集を始めたことで、昆虫採集を楽しんできて50年になりますが、やはり、採ったことのないカミキリを採るとテンションが上がります。
本種はかつては大珍品で、その後、カラスザンショウの葉を掬うという採集方法が開発されて各地で採れるようになりましたが、それでも、滅多に採集した話を聞きません。
深倉峡は、かつて、戦後の盛んに伐採されていた頃の、英彦山の珍品カミキリ採集のメッカでしたが、その頃も、採集方法が解らなかったためか採集されていません。
ライトFITは、時折、こうした思いがけない種が採れるのが魅力の1つです。
さて、深倉園地では、他に、6月5日の樹洞のスプレー採集で、ムネアカヒメクチキムシが、6月16日のクリの花で、ベニバハナカミキリとニョウホウハナカミキリが採れています。
ムネアカヒメクチキムシはその後整理されて、九州だけに分布することになっています。
福岡県では英彦山山系と城山、釈迦岳の記録だけで少ないようです。
ベニバハナカミキリは樹洞から発生することが知られ、福岡市内、飯塚市、足立山など低地や、福知山、英彦山から知られていますが、花に飛来したものを採集するのは珍しいと思います。
ニョウホウハナカミキリは、英彦山山系、犬鳴山、奥八女カラ迫岳の記録がありますが、福岡県を始め、九州では少ない種です。
7月4日は久留米昆の採集会を園地で行いました。夜間は所用で戻られましたが、昼間の採集に参加された和田さんと、ちょっとしたタイミングのずれでお会いできなかったのは大変残念でした。
夜間の灯火採集に参加されたのは、國分さん、築島さん、有馬さんと私、4名です。
当初から、この日はガスっていて、いつ雨が降りだしてもおかしくない感じで、気温もそれほど高くなく、もうひとつの条件でした。
それでも、昨年の英彦山実験所での採集会のように、霧と雨の日こそ、蛾の珍品は採れると言うことで、出席できなかった佐々木さんに変わって、國分さんと築島さんが張り切って蛾を採集されていました。
(夜間採集会の様子、4葉)
この園地は標高600m、ミズナラが見られるのでブナ帯の下部と思われますが、薄暗くなってくると、ヒメハルゼミが盛んに鳴いていました。
ヒメハルゼミがブナ帯下部まで生息するのを初めて知りました。灯火にもいくつか飛来しました。
この採集会の成果については、まだ、同定を進めていないので何とも言えません。
蛾はかなりの数飛来して、お二人は大忙しでした。
クワガタはごく少数、その他の甲虫も、これと言って特筆すべき種は無かったように思います。
第二回の7月11日は、7月8日の大雨の影響で、あちこち土砂崩れ等がおきて通行止めになったため中止しました。
まだ8月8日に3回目を予定していますが、どうなるかは天候次第です。
さて、次に、尿素トラップの成果を紹介します。
尿素トラップは、林道のゲートの奥に1箇所、園地のモミの大木の根際に2箇所、計3箇所設置していました。
次の写真が5月28日の、その次が6月5日の採集品です。
5月28日は画面下側のオオクロチビシデムシが目立っています。
6月5日は明らかに種数、個体数共に増加しています。目に付いた顔ぶれを紹介すると、まずハネカクシ類。
この後も、この3種はほとんど尿素トラップの主力メンバーでしたが、すぐには種名は同定できないようです。
このハネカクシは特徴的で、すぐにも解るかと思ったのですが、やはり解りませんでした。
元々、保科さんから、陸生ガムシが採れると伺って始めたとおり、確かに採れました。しかしやはり簡単には種名が判定できません。
(ツヤムクゲキノコムシの一種 Ptenidium sp.)
1mm程度の微小なムクゲキノコムシです。尿素トラップで無数に得られましたが、落ち葉で篩って出したことはほとんどありません。Ptenidiumであることは、かつて、沢田さんに同定して頂いた菊池渓谷産が手元にあり解りました。光沢が強いので、他のムクゲキノコからはすぐに区別できます。
ざらざらした体表を持つクロツブエンマムシも見つかりました。
6月16日には、比較的少ないモンケシガムシが、6月24日はヤマトマンゲツガムシも見つかりました。
後者は九州(福岡英彦山・福智山・釈迦岳)と済州島で見つかっています。
さて、深倉峡の林道は、かつてはずっと奥まで車で行くことができて、なおかつ、銅の鳥居のすぐ下にある英彦山温泉へ抜けていたようです。地図ではそうつながっています。
しかし、現在は園地のすぐ先に車止めのケートがあり、かつての観光の目玉・男魂岩にも歩いてしかいけません。
そのゲート奥には、ライトFITと尿素トラップを継続していたので、毎回、回収に通いました。
(ゲート奥のトラップ設置場所、2葉)
春から設置したFITと尿素トラップのすぐ近くに、ある日、シカの駆除用のワナ(シカの個体数の把握のため?)が設置され、しかも、強い腐臭がしてました。
それを反映してか、ライトFITには、アイヌコブスジコガネ、ヒメコブスジコガネなどが繰り返し見られました。
最後に、当初、珍品が採れていた渓流沿いの奥の林です。
谷奥の林には、最初出かけていたルートより、少し近くて楽に沢を渡れるルートが見つかりました。
それでも、この谷に入ってしまうと、結構時間が掛かるので、毎週通うわけにもいかず、隔週くらいに通っています。もう少し近かったら、この谷にもライトFITを掛けたかったのですが・・・。
車から離れて10分以上歩くとなると、なかなか、毎週回収が必要なトラップは難しくなります。
それで、いきおい、ハンマーリングとスプレーが主力になります。
立ち枯れのハンマーリングで数頭採集しました。ブナ帯で見られる種のようですが、福岡県の記録はありません。
この種もハンマーリングで採集。小型のヒメクモゾウムシには未記載種が何種か知られているようですが、この種は初めて見ました。翅端の白い帯が印象的です。
以上、昨年の実験所および周遊道路に比較すると、注目すべき種は今年の方が多く得られているようです。やはり、深倉峡の渓流沿いの湿気の多い環境が功を奏しているいるのかもしれません。
また、貝吹峠など、常緑広葉樹林も調査できた事もあるようです。