春の九千部山と背振山

いくつかのトピックで紹介したように、早春から、ハナムグリハネカクシの探索を続けてきました。
地元久留米の高良山を始めとして、九重黒岳・九酔渓・牧ノ戸峠、英彦山、南大隅町などで6種のハナムグリハネカクシを確認しました。

Watanabe(1990)によると、九州からはさらに1種 ツクシハナムグリハネカクシ Eusphalerum tsukushienseが記録されています。その産地は九州(脊振曲淵)で4月上旬の採集です。

もう、5月なので難しいと思いながら、ちょっと手が空いたので、5月10日、背振山系での高地、九千部山(標高847m)と背振山(標高1055m)に探索に出かけました。

まず、九千部山に、鳥栖側から林道を登っていきます。

中腹に小規模なクヌギ林を見つけて、叩いてみることにしました。
せいぜい、50-100本程度が生えているだけです。

九千部山中腹のクヌギ林
九千部山中腹のクヌギ林

ハンマーリングで採れた甲虫は以下の通りです。

九千部山中腹のクヌギ林で採れた甲虫
                        九千部山中腹のクヌギ林で採れた甲虫

ヨツボシケシキスイが落ちてきたところを見ると、多少とも樹液が出ていたのでしょうか?
別の木ではカミキリ幼虫食害の木屑が出ています。

中・大型種は見慣れた種ばかりです。
しかし、小型種の中にはあまり見覚えの無い種も含まれていました。

ヨツモンムクゲキスイ
                            ヨツモンムクゲキスイ

ヨツモンムクゲキスイ Biphyllus oshimanus 九州(宮崎・鹿児島),伊(八),屋,奄,徳,沖縄,石,西は琉球系で、九州南部以南から記録されています。

先日、広島の大塚さんが帰省した折りにちょっと立ち寄り、虫談をしましたが、その際に、「九千部山は変ですね。南物のヨツモンムクゲキスイなどがいるんですよ」と言われていましたが、まさしく、直後に自身で再確認するとは思いませんでした。

(訂正:
三宅さんからのご教示で、大分県でも記録されているそうです。思っているほど、南物というわけではないのでしょうか?)

また、久留米では何度も確認しているヨツモンミジンムシですが、九千部山にもいました。
この種は九州各地のクヌギの樹幹にいるようですが、まだ、所属がハッキリしないので、どこにも記録していません。

ヨツモンミジンムシ
                            ヨツモンミジンムシ

それから、ドウチビキカワムシ Lissodema myrmido 本州,九州。

ドウチビキカワムシ
                          ドウチビキカワムシ

本種は従来九州固有種と言われていた珍品で、福岡・佐賀・長崎の記録しかなかったのですが、最近、大分・広島・静岡の記録も出て、本州,九州に広く分布するようです。
九千部山では既に記録されています。

{訂正:
三宅さんからのご教示で、大分県でも記録されているそうです。以上、2種の情報をお知らせ頂いた三宅さんにお礼申し上げます。

さらに、大塚さんからも連絡があり、静岡県でも記録があるようです(月刊むし496号)。大塚さん自身も、昨年広島県で採集されているそうです(広島虫報 53号 広島虫の会神石高原・・・)。}

行きがけの駄賃としてはまずまずで、先を急ぎます。

峠周辺にはミズキが彼方此方で咲いていて、いかにも良さそうに見えましたが、掬ってみても、ほとんど虫は入りません。
この分だと、ハナムグリハネカクシも無理かなぁ、と弱気になります。

山頂へ向かって走りながら、直下で道左側に多少とも自然林を見つけました。

九千部山山頂直下の林内
                          九千部山山頂直下の林内

九千部山へ出かけた折は、従来は山頂の駐車場に車を止めて、石谷山への尾根道で採集するのがほとんどでした。
九千部山山頂付近には、佐賀・福岡県境が複雑に走っていて、上記のルートは佐賀側になります。

しかし、この車道左側の九州自然歩道沿いは、福岡側になりそうです。
今年発表された城戸さんのFITによる採集記録は、多分、このあたりであろうと推測しています。

城戸克弥, 2014. 丸山式FITで得られた九千部山山頂付近の甲虫類, KORASANA(久留米昆蟲研究會会報), (82):17-34.

林内に入ってみると思ったより木があり、数は少ないですが、アカガシの大木なども生えていました。九千部山としては自身では初めての探索場所で、さっそくハンマーリングをしてみました。

空中湿度が高いのか、コケにつくクロホシテントウゴミムシダマシが無数に落ちてきます。
何度か叩く内に、それらに混じって、フタスジヒメテントウが落ちてきました。

フタスジヒメテントウ
                            フタスジヒメテントウ

かつて、タブの大木の樹幹から幹掃き採集で採ったことがありましたが、細い木にもいることがあるんですね。

白い菌が着いたいかにも虫がいそうな立ち枯れをハンマーリングしてみました。

立ち枯れのハンマーリング
                          立ち枯れのハンマーリング

すると、触角が櫛状に広がったコメツキダマシが落ちてきました。

触角が櫛状に広がったコメツキダマシ)
                        触角が櫛状に広がったコメツキダマシ)

佐賀・長崎では採ったことの無い種なので、帰宅してから、慎重に同定したところ、ホソナガコメツキダマシ Isorhipis foveata 北海道,本州,四国,九州,屋でした。

(ホソナガコメツキダマシ、右は頭部腹面)

細長い体型と、触角第一節が黒いことから、後者が黄褐色のナガコメツキダマシから区別されます。
ナガコメは既に背振山系から知られていますが、ホソナガコメはまだのようです。

ここの林で採れたのは以下のような種です。

九千部山山頂付近で採集した甲虫
                         九千部山山頂付近で採集した甲虫

前記、城戸さんのリストには405種が記録されています。

あまり記録が無い種として、クロアリヅカエンマムシ、アラメオオタマキノコムシ、イトヒゲニセマキムシ、ハバビロドロムシ、オオメコヒゲナガハナノミ、シマバラナガタマムシ、キウチミジンキスイ、ミゾバネナガクチキ、クロセスジハムシ、キイロアシブトゾウムシなどが採れているようです。
詳細は上記報文を参照下さい。

このような林でも、見かけより数多くの種が生息していることが解ります。採集方法を工夫するとさらにいろいろいな種が見つかるのでしょう。
時期を変えて、また、探索してみようと思います。

さて、肝心のハナムグリハネカクシの方は、虫が集まっている花が見つからず、まったく空振りです。
時期が遅いこともあり、さらに標高を上げて、背振山山頂付近へ行ってみることにしました。

峠から南畑ダムに降り、五ヶ山を経て、福岡県側から背振山山頂付近へ回り込むつもりでしたが、五ヶ山ダム建設の影響で、少し来ない間にだだっ広い新道がストンと通り、有料トンネルまでできていました。

トンネルを出ると、従来の道と違うので自身の現在地が解らなくなり、料金所で背振山への道を尋ねてみました。
すると、出てすぐ右の林道を進めば良いとのことで、そちらへ行ってみました。

山腹をウネウネと林道は続いていますが、初めての道なので、自身の現在地がよく分かりません。
それでも、「蛤岳横断林道」との表示があって、やっと、背振山の東南隣の山の山腹を巻いて、背振山へ向かっていることが解りました。

結局、福岡側から登るつもりが、佐賀側正面からのアプローチになりました。
山頂の駐車場に車を止め、急いで、弁当を駆け込んでから、ブナ林の探索に移ります。
背振山山頂一帯は、佐賀県側になります。

峰続きに気象庁の測候所が見えます。

背振山の気象庁の測候所
                           背振山の気象庁の測候所

ブナ林林床のクマザサを掻き分けながら、林内の細い枝をハンマーリングしてまわりましたが、立ち枯れはほとんど無く、あまり虫は落ちてきません。

相次いで2本のブナ立ち枯れを見つけたので、さっそく、スプレーをしてみることにしました。

ブナ立ち枯れのスプレーイング
                         ブナ立ち枯れのスプレーイング

しばらく待っていると、樹幹に、マダラフトヒゲナガゾウムシが姿を見せました。

樹幹を這うマダラフトヒゲナガゾウムシ
                        樹幹を這うマダラフトヒゲナガゾウムシ

この種は、ブナ帯では普通の種ですが、長崎県では記録が無く、佐賀県ではこの背振山山頂付近だけです。西九州ではこの山頂が最も多くのまとまったブナが生えていて、ヨコヤマヒゲナガカミキリが名物になっています。

しかし、樹林の範囲は狭く、虫の数も余り多くありません。

スプレーイング、ハンマーリングも含めて、山頂付近で採集した甲虫は次の通りです。

背振山山頂付近で採集した甲虫
                          背振山山頂付近で採集した甲虫

このうち、興味深いのは次の数種です。

ササマルキスイ
                             ササマルキスイ

まず、ササマルキスイ Serratomaria vulgaris 北海道,本州,九州です。
この種もブナ帯のクマザサには普通に見られる種ですが、佐賀・長崎両県共に知られていません。

イトヒゲニセマキムシ
                            イトヒゲニセマキムシ

この種は、長崎県と佐賀県の多良山系から記録されていて、上記、城戸さんの報告で、初めて福岡県下の九千部山より記録された程度で、背振山からは知られていません。

ツブコメツキモドキ
                            ツブコメツキモドキ

ツブコメツキモドキ Atomarops lewisi 本州,四国,九州は、面白い形をしている種です。かつて、城戸さんの報告を見て、佐賀県七山村浮岳に探索に出かけ、なんとか採れて喜んだ種です。九州では、福岡・佐賀両県の英彦山、背振山、浮岳の3カ所だけが知られるようです。

(オオシマフタツノツツキノコムシ、背面と側面)

オオシマフタツノツツキノコムシ Neoennearthron hisamatsui 四国,九州,奄,沖縄,石は、2mmに満たない微小な種ですが、頭と前胸に突起があり、面白い形をしています。

Kawanabe(2004)によると、本種を含むフタツノツツキノコムシ属 Neoennearthronには、3種のみが含まれ、日本産は2種で、前胸表面の網目状印刻の有無(オオシマは無い)と、♂の頭楯の形(オオシマは台形か半円形の葉状突起がある)で区別されます。

川那部真, 2004. 日本産ツツキノコムシ科検索図説V. 甲虫ニュース, (146): 1-5.

注意すべきなのは、この解説で指摘されていますが、原色甲虫図鑑IIIではアマミフタツノツツキノコムシ Neoennearthron amamenseという名で掲載されています。しかし、実際には、このような学名の種は存在しないそうで、本種の誤りだそうです。

さらに、九州大学の日本産昆虫総目録においても、アマミフタツノが掲載されており、オオシマフタツノはヒサマツフタツノツツキノコムシという和名でアマミとは別種として掲載されています。

現状では、和名が3つに、学名が2つ、本種のことを指しているそうで、ややこしい限りです。

ともあれ、ヨツモンムクゲキスイと共に、南物が背振山系に分布するのは、不思議ですね。
特に本種は、ブナの立ち枯れに着いていたわけで、よけい変な感じがします。

イケザキアシブトゾウムシ
                            イケザキアシブトゾウムシ

イケザキアシブトゾウムシ Endaenidius ikezakii 本州(山口),九州(福岡英彦山,長崎県・雲仙岳・多良山系,熊本白髪岳),屋は、九州西岸沿いに分布する種で、ヤシャブシ葉上に見られますが、大分・宮崎などの九州東部での記録が無いのが不思議です。佐賀県の記録も知られていません。

トサヒメテントウ
                             トサヒメテントウ

トサヒメテントウ Scymnus tosaensis 本州,四国,九州は、小型で背面が強く盛り上がり、上翅の基部を除いて赤褐色になり、かなり珍しい種ですが、佐賀県下、特に背振山系ではしばしば見られます。福岡・大分県でも記録がありますが、長崎県では知られていません。

ブナ林斜面を、クマザサの藪漕ぎをして疲れたので、たいがいで切り上げて、本来、花を探して探索するはずだった福岡県側(北斜面)に向かいました。

北斜面は、山頂や南斜面とは違って渓流も発達し、かなり湿り気もありそうです。
沢沿いに白い花が咲いています。あまり虫が来そうな花ではありませんが、他には花が無いので、掬ってみることにしました。

沢沿いに咲いていた白い花
                           沢沿いに咲いていた白い花

帰宅して調べてみるとミツバウツギでした。

ミツバウツギの花
                            ミツバウツギの花

さんざん掬ってみて、ピドニアが少しと、1個体だけですが待望のハナムグリハネカクシの仲間がいました。
その小ささと茶褐色の色合いから、キュウシュウハナムグリハネカクシのようです。

道沿いに点々とミツバウツギ、コアジサイ、コバノガマズミなどの白い花が咲いていて、そのたびに車を停めて掬ってみましたが虫は少なく、1時間ほどかかって得られた甲虫は次の通りです。

背振山北斜面の花で採集した甲虫
                         背振山北斜面の花で採集した甲虫

結局、採れたハナムグリハネカクシ類は全部で19個体。

背振山のハナムグリハネカクシ類
                         背振山のハナムグリハネカクシ類

これを詳細に調べた結果、写真では左から、キュウシュウハナムグリハネカクシ2♀、ハラグロハナムグリハネカクシ1♂、キイロハナムグリハネカクシ1♀、サイゴクハナムグリハネカクシ2♂の4種のようで、残念ながら、狙ったツクシハナムグリハネカクシは入っていないようです。

それにしても、一カ所で4種も同時に採れたのは初めてです。

そして、ハラグロハナムグリハネカクシがこんな標高の高いところまで採れるとは思いませんでした。サイゴクハナムグリハネカクシはやはり、渓流のすぐ側の花にしかいません。

改めて、Watanabe(1990)のツクシハナムグリハネカクシの項を読み直してみたのですが、♂の腹は黒く、♀の腹は黄褐色で、サイズはキュウシュウより小型に書かれています。
今まで、何となく、文献中ではキュウシュウの次の項にあり、キュウシュウに似ていると書いてあったので、キュウシュウを頭に描いて探していたのですが、むしろ、キイロハナムグリハネカクシを小型にした感じなのかもしれません。

残念ながら、今年はもう採れないかもしれず、来年の早春に期待するしか無いかもしれません。

ハナムグリハネカクシ以外では、Pidoniaは、チャイロ、ニセヨコモン、ナガバ、フタオビと、南大隅町とほとんど同じでしたが、さらに、セスジが含まれていました。
佐賀・長崎では、背振・多良・国見山系まではセスジがいますが、島原半島にはセスジはいません。

島原半島と南大隅町とは、同じく、セスジがいない共通の理由があるのかもしれません。
セスジが九州全域に分布を広げた時期に、この両地域は、九州本土とは繋がって無くて、島だったのかもしれないと考えたりします。

それから、自身で研究したことのあるニシアオハムシダマシとリョウコニンフジョウカイ背振山亜種 Asiopodabrus ryokoae sefurisanus。後者は脊振山の固有亜種ですが、佐賀県側の標本しか見ていなかったので、福岡県側としては初めてです。

ニシアオハムシダマシとリョウコニンフジョウカイ背振山亜種
                  ニシアオハムシダマシとリョウコニンフジョウカイ背振山亜種

最後に、4個体採れたMalthodesに♂が1個体だけ含まれていて、♂の腹節末端を確認したところ、多良山系と背振山系だけに分布する未記載種のタラチビジョウカイ Malthodes sp. 2でした。

(タラチビジョウカイ♂)

♂の腹節末端は、キュウシュウチビジョウカイ Malthodes kyushuensisに似ていますが、柄杓様の構造物の基部あたりに、キュウシュウでは、背面側に突出する1対の突起がありますが、本種には無く、区別できます。

(タラチビジョウカイ♂の腹節末端、左:側面、右:腹面)

今まで、背振山系は虫が少ないという印象が強かったのですが、特に、この北斜面は水系も豊富で、落葉広葉樹林が広がっていて、今後、もう少し調べてみたいと思いながら、帰宅の途につきました。