仕事の関係で、トラップの回収になかなか出かけられず、風雨の強い荒れた天気も相まってやきもきしていましたが、5月1日、なんとか、阿蘇〜九重の2回目のトラップ回収に出かけました。
この日は久しぶりの好天に恵まれ、いつものように、阿蘇一宮の湿地のピットフォールトラップの回収から始めます。
池の周りは、すっかり緑に覆われ、草丈も高くなっていました。
しかし、危惧していたとおり、今回も、ピットは水を被ったようで、トラップの大部分が泥と枯れ草で覆われていました。
30個ほどのトラップに残っていた甲虫は、以下の3個体だけです。
左から、ヒメホソナガゴミムシ、ミイデラゴミムシ、ニワハンミョウ。
改めて、ピットフォールトラップを丁寧に埋め直しました。
大雨が降らなければ、もう少しまともなものが入るのでしょうが・・・。
次に、小流のピットフォールトラップの方です。
こちらは大部分が砂地の、それもやや傾斜地の設置なので、雨の方もそれほど影響がなさそうです。
カップによってはテンゴ盛りのハンミョウ類が入っています。
よく見ると、砂地に多いアイヌハンミョウを筆頭に、ニワハンミョウ、ハンミョウも入っています。
ここでは、3種のニッチェが重なるようです。
それにしても、飛翔力も走りも優れているハンミョウ類が、どうして、こんなエサも入れていないピットフォールトラップに大量に入るのでしょうか?
あるいは、1匹が偶然落ち込んで、悲鳴のような信号を出すと、それを瀕死のエサと認識して次々捕食に集まって、自身も落ち込んでしまうのでしょうか?
別のカップにはサワガニが落ち込んで悪臭を放っていました。
そこに、モンシデムシとフトカドエンマコガネも入っていました。
(モンシデムシとフトカドエンマコガネ)
モンシデは3個体でしたが、ここのも全てヤマトモンシデムシでした。
平地や山地の樹林ではヨツボシモンシデムシとクロシデムシの勢力が圧倒的ですが、草原では本種の方が強いようです。
平地の河川沿いなどでは消えてしまいましたが、阿蘇の草原ではまだまだ、何処でも本種は健在のようで、その点安心しました。
ピットフォールトラップに入った甲虫は次の通りです。
下段中央のアイヌハンミョウが最も多いものの、砂地から、ちょっと泥の方へ寄ってくると、ニワハンミョウが、そして、前回は見られなかったハンミョウがやや遅れて増えてくるようです。
ゴミムシ類は、ニセマルガタゴミムシとコアオマルガタゴミムシくらいでしたが、1個体だけ、チョウセンマルクビゴミムシも混じっていました。
(チョウセンマルクビゴミムシ♂)
湿地だけではなくて、河川沿いでも生息しているようで、それなら、私が考えていたより、よほど多くの場所に生息できることになります。
高標高の草原の中にある湿地か川の周辺なら生息できるのかもしれません。
そういうことなら、ピット設置には、雨にすぐ影響される湿地の周辺より、この小流の周辺の方がよほど効率的と言えます。しかし、残念ながら、この設置場所も、5月中旬くらいには牛の放牧が始まり、立ち入りが難しくなるはずなので、一応トラップは撤収しました。
川周辺も有望と云うことが解ったので、そのうち、また別の場所を探してみたいと思います。
さて、今日も、いろいろやりたいことが目代押しなので、急いで、牧ノ戸峠を越えようと走っていて、ふと、サクラ似の白い花が目に付きました。峠のすぐ近くです。
確か、これはコナシの花のはずです。(なお、インターネットで調べてみたところコナシは別称で標準和名はズミのようです。)
花の付きは余り良くありませんでしたが、それでも、ハナムグリハネカクシがいるかもしれないと思ったので掬ってみました。
すると思った通り沢山いました。それも、うすい黄色で、前に採ったキュウシュウハナムグリハネカクシとは違います。
帰宅して調べてみると、♂の腹は黒く、♀は黄色で、上翅の毛は無いので、ルイスハナムグリハネカクシ Eusphalerum lewisi 九州(雲仙)であることが解りました。右側の個体は、唯一混じっていたキュウシュウハナムグリハネカクシです。4月7日の時点ではキュウシュウだけでしたので、5月になると本種に入れ替わるのでしょう。
(左から、ルイスハナムグリハネカクシ♂、♀、キュウシュウハナムグリハネカクシ♀)
(ルイスハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:側面)
ルイスについては、平野(2004)の神奈川県昆虫誌では、「神奈川県各地によく見られる」とありますが、先年の日本産ハネカクシ総目録では、分布は九州だけになっています。
ということは、神奈川産は近似の別種だったのでしょう。
興味深いのは、ルイスの名があるので、幕末のあのジョウジ・ルイスの採集品が元かと思っていましたら、Watanabe(1990)の本種のデータによると、長崎県雲仙の採集品ながら、採集者はJ.E.A.Lewis、採集年は1930年となっています。これは昭和5年のことですから、まったく別人のようです。
ジョウジ・ルイスが訪れている雲仙で採集をするということは、あるいはJ.E.A.Lewisは、ジョウジ・ルイスのゆかりの人(子や孫)かもしれませんね。
ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示下さい。
(2015. 5. 12 追記 トピックを見られた松原さんからご教示があり、J.E.A.Lewisはジョウジ・ルイスとはまったくゆかりもない別人ということです。松原さんから参考文献が送られてきましたので、抄録します。
退職後、神戸に在住され、神戸附近を主とし,日光,雲仙から遠くは琉球諸島にまで及んで日本中を採集して廻られて、得られたサンプルを研究者に渡して、研究の手助けをされた方のようです。
関西昆虫学雑誌 5巻に、追悼文が掲載されています。
寺西 暢,1938,ルイス氏の逝去,関西昆虫雑誌,5(1):48.
掲載されている略歴は次の通りです。
JOHN EDGER ANDERSON LEWIS 略歴
1862 3月22日誕生.Cambridge univercityのGonville & Cauis CoIlege卒業.
1886 ボルネオのサラワク政府官吏として奉職.
1888 行政官に任命.政府印刷局兼サラワクガゼット編輯長に任じ後警察監獄検閲長官代理に任命.
1889 第一行政区理事官(第二級)に進級.
1899−1906 国命議員に任じ,同会議書記官となる.
1909 恩給を受け退官.日本紳戸に定住.
1938 1月8日死去.(佛式法号,直心院 西住浄國居士)
ちなみに氏の莫大な蒐集標本はルイス夫人によって京都帝同大学農学部昆当学季研究室へ.昆虫関係の蔵書は関西昆虫学会へ夫々寄贈された.(寺西暢記)
ご教示頂いた松原さんにお礼申し上げます。)
この種を含めて、今年、九州で確認できたハナムグリハネカクシは、ハラグロハナムグリハネカクシ、キイロハナムグリハネカクシ、キュウシュウハナムグリハネカクシ、サイゴクハナムグリハネカクシ、クロハナムグリハネカクシの6種になりました。
夏に向けて、あと少し追加できないものかと思っています。
次に黒岳のFITです。
こちらは、前回同様、かなり風に痛めつけられていました。
4カ所×2基のうち、無傷だったのは3基のみ。春の変わりやすい気象条件の下、葉も伸びきらない落葉広葉樹の林は、日当たりも、風通しも良過ぎて、なかなか、吊り下げ式FITには厳しいようです。
注目の樹洞のFITは、カップが斜めになったまま、辛うじて中身の一部が残っていました。入っていたのは、次の2個体だけ。
左はムネアカクロコメツキ Ischnodes maiko 北海道,本州,九州(福岡・大分)、右はクロチャイロコガネです。
前者は、すでに堤内さんによる黒岳の記録(堤内,2010)がありますが、やはり、樹洞ものの珍品のようで、こうして出入りしていることが確認できました。
風のいたずらがなかったら、もっと、いろんな種が入ってくれているのですが・・・。
さらに別のFITでは昨年も得られた常連さんの顔ぶれがほとんどでした。
(春物糞虫、左から、ネグロマグソコガネ、トゲマグソコガネ、クロオビマグソコガネ)
(キラチャイロコガネ♀、ナガイムナクボシバンムシ)
最後の種は、元々は四国の固有種と考えられていましたが、その後岡山県からも確認され、岡山以西の本州(岡山・広島)、四国、九州(大分)に分布することが明らかになっています。
さて、トラップ回収まで、急いで走ってきたのは、時間を作って今回もハンマーリングをやってみたかったからです。
前回黒岳で試みたときは、虫はまだ、越冬状態でした。
その後葉も展開し、虫も活動を始めたはずで、その時どう変わったか確認してみたかったのです。
今日は、黒岳男池の手前ほぼ1km程度、前回ハンマーリング地点より、さらに手前のクヌギ等の幼木林で行ってみました。
クヌギが植栽された後、かなりの期間放置されているようで、細い立ち枯れが結構多く見られました。
小一時間ほどで得られた甲虫は以下の通りです。
いくつかのクヌギ林でハンマーリングをして解ったのは、やはり、生木よりは、立ち枯れの方が虫が多いということです。それも、樹皮が残っていて、幹もまだ堅い木の方が良さそうです。
生木の樹幹のヒダの間に虫が潜んでいるのは、越冬の頃の方が多いような気がします。
ハガタホソナガクチキとビロウドホソナガクチキは、クヌギ立ち枯れの常連さんで、その他、クロアシムクゲキスイ、ベニモンツヤミジンムシ、マエキミジンムシも大抵見られます。
今回の目玉は、クロヒメナガクチキ Holostrophus unicolor 九州 です。この種は、九州特産の珍品で、当然私は初採集。
福岡・大分・熊本の各県から記録が有り、大分県下では黒岳周辺だけで採れているようです。
(訂正:
当初、オオメズカクシナガクチキ Anisoxiella ocularis 本州,九州として掲載しましたが、城戸さんから、クロヒメナガクチキ Holostrophus unicolorではないかとの指摘があり、訂正しました。私はこの種の存在については、指摘されるまでまったく存じませんでした。お詫びして、訂正いたします。ご教示いただいた城戸さんに心よりお礼申し上げます。)
時間も残り少なくなってきたのですが、地蔵原にも、良さそうなクヌギ林があったことを思い出して、そちらへ行ってみました。
しかし、前に、沢山のサビナカボソタマムシやカミキリ類を採集した雑木林は、大部分が伐採・整備されて、売地の看板が出ていました。
それで、その周辺に残る雑木林で細々と叩いてみました。
その成果が次の通りです。
この種は、甲虫図鑑IIIの検索表ではキイロムクゲオオキノコ Cryptophilus cryptophagoides 本州,九州に落ちましたが、何となく、シックリきません。ご存じの方があればご教示下さい。
(キイロムクゲオオキノコ?)
次に、長い微毛が特徴的なオオミジンムシです。英彦山のクヌギ林でも採れたことを考えると、クヌギに直接関係があるのかもしれません。大分県の記録は無さそうです。
それから、どこかにキノコが付いていたのか判然としませんが、ポリアヒメツツキノコムシ Anoplocis poriae 本州(長野),四国(香川・愛媛),対が落ちてきました。
1.5mmほどと微小で、9節の触角と、短くて白い鱗毛が特徴的です。
本種は従来九州の記録は無く、昨年、瀬の本高原での採集個体を紹介しましたが、まだ正式な記録は済んでいません。
いよいよ時間が無くなったので、九酔渓へ下ります。
前に書いたように、ここのコンロンソウの花にハナムグリハネカクシ類が多かったので、今日、再確認しようと思っていたのですが、今日の持ち時間を過ぎてしまいました。
ジックリ採集している時間が無く、花の付きも余り良くなかったのですが、と言って素通りするのも惜しいので、ざっとスウィーピングで流して、そのままビニール袋に封じ込め、持ち帰って自宅でジックリ、ソーティングすることにしました。
帰宅後にソーティングして得られた甲虫は次の通りです。
常連さんのダイコンハムシ、アカソハムシ、かつてチュウジョウナガスネトビハムシと云われていた未記載種、ルリイロサルゾウムシ Ceutorhynchus nitidulus、サイゴクハナムグリハネカクシ、セマルヨツメハネカクシなどが目に付きます。
中に、上記、ポリアヒメツツキノコムシよりやや大きく(1.8mm)、茶色で細型のツツキノコムシが含まれていました。
いろいろ調べてみましたが、エブリコヒメツツキノコムシ Dolichocis yuasai 北海道、以外、候補になる種がありません。
この種は北海道の記録しか無いので自信がありませんが、それ以上の探索はできませんでした。
(エブリコヒメツツキノコムシ?)
ご存じの方があれば、ご教示下さい。
ともあれ、動けば、それなりに面白い虫が見つかるものです。