筑後から九重までのハナムグリハネカクシの概況が解ったので、次に、英彦山を調べてみようと思いました。
ちょうど、英彦山のカエデの花は、例年、4月20〜25日くらいがピークです。
ということで、4月19日、晴れの予報を頼りに出かけてみました。
英彦山へは、筑後川沿いに走って、朝倉、杷木、小石原を経由して約1時間半です。途中、小石原手前の川沿いのカエデはほぼ散っていました。これなら、なんとか英彦山のカエデは良さそうです。
ポイントの1つ、標高800m付近にある豊前坊の駐車場では、カエデはまだ、一部が咲き出したところ。少し早かったようです。
仕方が無いので、ヤマザクラを掬ってみます。
さっそく、キュウシュウハナムグリハネカクシが少し入りましたが、ほとんど虫はいません。かなり期待ハズレで、早々に場所を移して、奉幣殿へ向かいます。
ここの庭には小流が流れ込んでいて、チビドロを探してみましたが、いつもの源流で見られるヒメツヤドロムシの一種だけでした。
庭の端っこにシダレザクラが咲いています。
なんと、これにハナムグリハネカクシが大量にいました。一渡り叩いた後で、始めからたたき直すと、また、落ちてきます。多分、次々に集まってくるのでしょう。
落ちてきたのは、大部分が、サイゴクハナムグリハネカクシです。前胸や上翅がかなり黄色っぽいものも混じっています。あるいは、これらは別物なのかと思って♂交尾器を確認してみましたが、全く同じで、テネラルはかなり黄色っぽいようです。
さらに、腹の黄色いハナムグリハネカクシも混じっています。
ルイスハナムグリハネカクシの♀は腹が黄色いことになっていますが、この種はかなり細長く、よく見ると、前胸と上翅に毛が密生していて、おまけに、体型がほとんど同じで腹が黒いやつもいます。こちらは、帰宅して♂交尾器を確認したところ、キイロハナムグリハネカクシでした。
この腹の黄色いハナムグリハネカクシの♀を見て、やっと、キイロハナムグリハネカクシという和名に得心がいきました。
豊前坊の駐車場と奉幣殿の庭で採れた甲虫は次の通り。
大部分がハナムグリハネカクシ類です。
左から、サイゴクハナムグリハネカクシ、キイロハナムグリハネカクシ、キュウシュウハナムグリハネカクシ(以上全て、左が♂、右が♀)、最後の黄色くてツヤツヤの種はセマルヨツメハネカクシ Mannerheimia curtella 本州(関東〜広島),四国です。
ハネカクシ屋の伊藤さんに、背振山系産を同定していただきましたが、福岡・佐賀・長崎などでは低山地に普通にいます。九州の記録が無いのは、図鑑等に載っていないからでしょう。同定いただいた伊藤さんにお礼申し上げます。
サクラからは、アカタデハムシのペアも落ちてきました。
サクラの紅を濃縮したような紅色で、たまにいる黄褐色の個体は、別種のように見えます。
それにしても、タデなどでは絶対に見られない本種が、なぜ、「アカタデハムシ」なのでしょうね。
奉幣殿の庭にはカエデもありましたが、花はつけておらず、叩くとジョウカイボン類が落ちてきました。
左から、2個体ずつ、ホソニセヒメジョウカイ Lycocerus okuyugawaranus okuyugawaranus 本州,四国,九州とイシハラジョウカイ Lycocerus ishiharai 本州(関東以西),四国,九州、右上がキュウシュウチビジョウカイ Malthodes kyushuensis 本州,九州(福岡英彦山・古処山・大分黒岳)、その下が、ウエダニンフジョウカイ Asiopodabrus uedai 本州(山口),九州(福岡・大分・熊本)です。
国道に戻って、売店のある四つ角を少し下ると、墓地の側方に、カエデとヤマザクラが見えました。特にカエデは、もともと生えていたものでは無く、比較的近年に植栽されたもののようです。
カエデは少し花を付けていましたが、ヤマザクラはほぼ終わりのようでした。
ここには、キイロハナムグリハネカクシとキュウシュウハナムグリハネカクシが少しいました。キュウシュウの方は、この場所のように、むしろ、尾根沿いとか、道沿いなどの乾いた場所に多いようです。
逆に、サイゴクハナムグリハネカクシは、川沿いや谷間など、湿気た場所でしか見ていません。
余り虫がいないのが解ったので、早々に、銅(かねの)鳥居付近まで下って、往きがけに見ていた、道下のクヌギ林で、ハンマーリングを試してみます。ここは幼木が多く、叩ける木も多いので楽しめました。
すぐに、アレッという種が落ちてきました。
クヌギの樹幹にコケが生えてましたから、そこから落ちてきたのでしょう。
福岡県では多分初めてと思います。
日田の佐々木さんが、湖畔に生えたコケが多く付いた木のスプレーイングで多数得ていると言うことですから、それほど珍しいものでは無いのかもしれません。いつも情報をいただいている佐々木さんにお礼申し上げます。
ここで採れた甲虫は、それほど多くはありません。
しかし、私には初採集が3種もあり、楽しいものでした。
まずは、オオミジンムシ Alloparmulus yuasai 本州(神奈川)。甲虫図鑑の写真はかなり太めに見えますが、上翅が開いているからでしょう。前胸が縦長で、前縁両側に窓があるので、本種に同定しました。四国でも採れているようですが、九州からは初めてのようです。
高良山でもヨツモンミジンムシやベニモンツヤミジンムシをクヌギのハンマーリングで多く得ていますから、割れ目や溝の多いクヌギの樹幹には、ミジンムシ類が多く生活しているのでしょう。
次いで、フタホシヒメハナムシ Litochrus bimaculatus、こちらは、北海道,本州,四国,九州,対の記録がありますが、なぜか、出会ったことがありませんでした。2個体落ちてきたので、クヌギに関係があるのかもしれません。
最後に、ミゾアカハネムシ Pseudopyrochroa brevitarsis 北海道,本州です。手元に、島根県の標本が有り、♂だったので、複眼間中央が舌状に窪み、その前方に深い横長の窪みがあって中央に細長い縦橋梁があることにより同定しました。
山口県まで知られていますが、九州の記録は無さそうです。
英彦山には、本州系の種で、九重以南や西九州には分布しない種が何種かいるので、本種もそうした種の1つかもしれません。
ともあれ、ごく狭い範囲のクヌギ林で、採ったことの無い種が3種も採れ、ハンマーリングの威力を再認識したわけです。
ちょうど、12時の時報がどこからか流れてきたので、いつものように、弁当にします。今日は、久しぶりに、穏やかな晴天です。
さて、次は何処へ行こうかと考えてから、英彦山の周遊道路を先端まで戻って、大分県境の野峠まで行ってみることにしました。
野峠は標高740m、カエデはまだ芽吹いたばかり、花をつけているものは有りません。
ヤマザクラが咲いていましたが、ほとんど高くて届かず、唯一、届きそうなものを掬ってみました。
少ないながら、サイゴクハナムグリハネカクシとキュウシュウハナムグリハネカクシがいましたが、ここのサイゴクはほとんど上翅は褐色、テネラルばかりなりでしょうか?
鷹巣山山麓まで戻って、落葉樹の林で、ハンマーリングをすることにしました。
立ち枯れや伐採木も有り、結構いろいろなものがいました。
まずはカミキリから。
左から、クモノスモンサビカミキリ、ドイカミキリ、ヘリグロチビコブカミキリ Miccolamia takakuwai、これらは全て成虫越冬なのでしょう。
ヒョウモンケシキスイと共に、ヒラタオニケシキスイ Librodor binaevus 北海道,本州,四国,九州が落ちてきました。樹上にキノコが付いていたのでしょう。
この種も採った覚えがありません。
左から、ザウテルメダカハネカクシ?、ヒメヒラタムシ、シリジロメナガヒゲナガゾウムシ、ヘリアカナガハナゾウムシ。
テントウムシがマウントしている姿は時々見ますが、繋がったままの標本が採れたのは初めてです。総説などに描いてあるテントウムシ類の♂交尾器は、構造が良く理解できていないのですが、Siphoと呼ばれる細長い湾曲したキチン質の管が、♀体内に挿入されているのが見えます。
前胸側縁が赤い方が♂で、黒いのが♀のようで、通常の馬乗り型の交尾形です。
こちらは、2個体落ちてきて、どちらも同じ形をしていたので、同種と考えています。平野(2009)を首っ引きで調べてみましたが、丸い前胸前角、縦長の前胸背、細長い上翅と、短い触角など、Cryptolestes サビカクムネチビヒラタムシの近似種と思いながら、結局、該当する種を見つけられませんでした。
何でしょうね?
平野幸彦(2009)日本産ヒラタムシ上科図説 第1巻 ヒメキノコムシ科・ネスイムシ科・チビヒラタムシ科. 63pp. 昆虫文献 六本脚.
2時半を過ぎ、多少雲行きも怪しくなってきたのですが、もう一カ所、深倉峡に廻ってみることにしました。
奇岩巨石が林立する渓谷ですが、戦後すぐ大々的な伐採が有り、その時期、福岡の名だたる甲虫屋が押しかけて、カミキリを始めとした珍品各種を記録されているところです。
現在は、ごく一部を除いて植林が進んでおり、道沿いにはほとんど良い林はありません。ただ、最奥の公園化してある深倉園地のあたりに多少、木があります。
ここにも、花の付いているカエデは全くなく、咲き残りのヤマザクラを1本だけ見つけ、黒いハナムグリハネカクシ若干を採集しました。
またしても、サイゴクハナムグリハネカクシだけかと思っていましたが、帰宅して検鏡すると、黒い個体が1つだけ混じっていました。腿節も黒く、明らかに(クロ)ハナムグリハネカクシです。
(左:ハナムグリハネカクシ、右:サイゴクハナムグリハネカクシ)
結局、この時期、九重山系同様、英彦山でも、ハナムグリ、サイゴク、キイロ、キュウシュウの4種が見られるようです。
さて、深倉峡では、思いがけず、カエデの葉上から、ジョウカイボン類が採れました。1種目はオオサワクビボソジョウカイ Hatchiana osawaiです。本種は、本州(長野以西〜山口)に分布し、九州では唯一英彦山のみの分布が知られています。
(♂交尾器、左:背面、右:側面)
本州では普通種の本種も、英彦山からは東側の犬が岳から私が3♂記録しただけで、今回が18年ぶり、2例目になります。
先に紹介した、本州系で九州では英彦山だけから記録のある種の、本種が代表的な種です。
さらに、マエダニンフジョウカイ Asiopodabrus maedai 九州(熊本)です。
この種は、五家荘周辺の九州脊梁の固有種と考えていたので、英彦山で採れたのは意外でした。
(♂交尾器、左:背面、右:側面)
五家荘産は、写真の個体のようには、上翅の側縁は黒くならず黄白色のままで、微妙に差がある感じがします。
春先の英彦山も、思いがけず、いろいろな種に出会えた一日でした。
ハンマーリングも、個体数は稼げませんが、思いがけない種が見つかるようです。
是非、各地で試してみて下さい。